2012年の中山大障害を勝ったマーベラスカイザーの鞍上熊沢騎手は、勝利ジョッキーインタビューでこの馬の乗りやすさについて独特の表現をしました。
「引っかかるわけでもなく、引っかからないわけでもなく、乗りやすい」と。引っかかるのか引っかからないのかどっちなんだ!と突っ込みたくなる岩田康誠騎手風味のある発言ですが、これこそジョッキーにしかわからない感覚を言語化した貴重な証言だと思います。
先週のオークスを制したのはルメール騎手が騎乗したチェルヴィニアでしたが、その勝利を見て、熊沢騎手のこの発言を思い出しました。
チェルヴィニアは、折り合いがついて自在に動けるタイプですが、それゆえに乗りこなすのが難しい馬といえるのではないでしょうか。
桜花賞では、ムルザバエフ騎手が騎乗して13着に惨敗してしまいました。
大外枠の不利もありましたが、馬の持ち味を活かせなかった面も大きかったと思います。折り合いが付けやすいというのは、悪く言い換えると前向きさに欠けるということ。制御に困るくらい行きたがるのはダメですが、前向きさがあって程よく行きたがる馬なら手綱の引き具合でスピードをコントロールできます。しかし、前向きさに欠ける馬の場合、スピードを上げたいときにいちいち鞍上が促す必要があります。馬に乗ったことがなくても、その難しさはイメージできるでしょう。
桜花賞のチェルヴィニアは、道中、ムルザバエフ騎手に促される感じで追走していましたし、直線に向いても馬の反応が鈍くトップスピードに乗る前に後続に飲みこまれ、左右から挟まれる不利まで受けてしまいました。
ルメール騎手が騎乗して勝利したアルテミスステークスもオークスも、上がりは最速で切れる脚が持ち味の反応のいい馬というイメージがあります。しかし、レースをよく見ると勝負どころでの反応は遅く、鞍上が何度も促してじわじわと加速していく感じ。ただ、追えば追うほど伸びてゴールが近づくごとに決め手の鋭さが増しています。それはレースラップも示している通りで、加速ラップになっているのも頷けます。
直線で迷わず外に出しているのも馬のタイプを理解してのことで、ルメール騎手の技が光った勝利だと思いました。チェルヴィニアの持ち味を十分に引き出し、オークス制覇に導いたルメール騎手の騎乗術は称賛に値するでしょう。
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樋野竜司
HINO RYUJI
1973年生まれ。「競馬最強の法則」02年11月号巻頭特集「TVパドック馬券術」でデビュー。
斬新な馬券術を次々に発表している人気競馬ライター。いち早く騎手の「政治力」に着目し、馬券術にまで洗練させた話題作「政治騎手(㏍ベストセラーズ刊)」で競馬サークルに衝撃を与えている。