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競馬コラム

心地好い居酒屋

2018年11月25日(日)更新

心地好い居酒屋:第57話

“瓢箪から駒”―。まさか3連休初日に「完庶処」に行くとは思ってもいなかったが、振り返ってみれば「天皇賞」前に梶谷と、甘方の伝票のことでヒソヒソ話をしているとき、親爺が寄ってきて「何の話?内緒ごとかい」とやや不満気に訊かれ、咄嗟に「いやいや、年内に一度は井尻抜きで『完庶処』行きたいね」と誤魔化したことがあったのだ。

美女二人に首ったけの親爺が忘れるはずがない。そもそも定例の飲み会は金曜日だし、祝日の23日は店も休み。つまり5月の連休状態だったし、前々から「23日がいいな」との要望は聞いていた。親爺は決まった積もりでいたのだが…。運良く二人とは調整がついたからいいものの、万が一ダメだったら「段取りしてなかったの!」と怒られるところだった。

現地集合ということで、遠野が5時前に着き名前を告げると「皆様お揃いです」。案内されたのは春と違って円形テーブルの個室ではないが、しっかりした衝立があり、ゆったりめの4人席だ。今、きたばかりのようで、お茶を前にして、雑談しながらお絞りを使っていた。自分も遅れちゃないが退屈させてないだけに気分は楽になる。それでも「お待たせ」と一言詫び、奥の空いてる椅子に腰を下ろした。対面が梶谷、隣は親爺で、その前が阿部秘書。一番手前の席で注文係を務める構えだ。

果たせるかな「この寒さですし、とりあえず熱燗でいいですね」と言いボタンを押した。一分とかからぬうちに店員がお通しだろう薩摩揚げと切り干し大根を持ってやってきた。阿部秘書は熱燗の2合入りのお銚子を2本頼み「料理は店長さんにお任せでお願いしていますから」と言い、店員が下がるのを待って「勝手に決めちゃってごめんなさい。お好きなものがあったら仰って下さいね」「へへっ。自分で“何にしょうか”なんて悩まないで食えるんだから嬉しいね」。毎日、メニューを考えていればこその親爺の本音だろう。

「おじさんの所ほどじゃありませんが」「とんでもない。この間も食った、この薩摩揚げも切り干しもそうだが、素材が本物で旨いよ」。お世辞抜きに親爺が喜ぶ。手持ち無沙汰にしてた梶谷が「それにしても…」と話しかけようとした時に熱燗が届いた。

「ありがとう。後は見計らって『浦霞』と『黒霧島』をお願い」。阿部秘書が言い、猪口を配る。すかさず梶谷がお銚子を取り上げ、遠野と親爺に酌を。遠野はもう一つのお銚子を持ち、梶谷と阿部秘書に注いだ。

全員で猪口を軽く上げた後、口を付けた。「ふぅ~うめぇ」。一気に飲み干した親爺を見た阿部秘書は笑みを浮かべ「どうぞ」とお銚子を持つ。「ところで、お雅ちゃん!何か言いたそうだったけど」。薩摩揚げを摘まみながら遠野が訊いた。

「日産ですよ日産。何を今さらって感じですよね」「確かに。テレビや新聞で色んな奴が色んな事を喋っちゃいるが、横領も告発もその背景も真相は藪の中。上も下も見苦しい限りで、結局は保身だろうな。その点“無し”は強いよ。なぁ親爺」。話を振られた親爺はおもむろに新しい酒を飲むと「魚も頭から腐るからなぁ。調理は早いに超したことはない」と。

「それはそうとゴーンはともかく『TMC』のコーンはどうなの?お雅ちゃん」「ウフッ」と笑い口を押さえた梶谷が「コーンですか?随分小粒な話題になっちゃいましたね」。一息入れて切り干し大根を食べ、酒で喉を潤し「赤坂の店もそうですが、腑に落ちない伝票がチョロチョロと。確信を持って言えるのは月10万円前後ですが、何せ売り上げが落ち、フリーのライターさん達のギャラも削減に協力をお願いしているところだけに大きいし、罪作りですよ」「局長もショボイですよね」。聞いていた親父は“まさか京子ちゃんの口からこんな言葉が出るとは”と驚いた表情だったが「毒を持っている魚が居るのも厄介だね」。

「ま、どういう形で井尻に知らせるか、納得させるかが、喫緊の問題だな」。遠野が自分に言い聞かせるように呟いた時、店員二人がかりで新しい料理と「浦霞」と「黒霧島」に水と氷を運んできた。酒は最後の一滴を梶谷が飲んだところだったし、グッドタイミングだ。

早速、梶谷が冷酒の準備を始め、阿部秘書は蒸籠(せいろ)の蓋を開け「どうぞ。黒豚と野菜の蒸し物です。おじさんちには無い料理をと思って」。見ると、手前に薄切りの豚が。奥に椎茸、人参、シシトウ、蓮根が並べられそれぞれの色を競い合っている。

「おっ。これは美しい。旨そうだな」。商売柄もあってか口と同時に箸も出ていて早速、椎茸を挟んでいる。「ゴマダレですが、宜しかったらポン酢も用意しますが」「大丈夫、大丈夫」と手で制しタレに浸ける。

遠野は梶谷から酌を受けた後「ハイ、お雅ちゃん、京子ちゃん」と声をかけながら注ぎ、一口飲んだ後、豚を摘まんだ。「親爺の<魚は頭から腐る>じゃないけど国だって似たようなもんだな」。遠野が言うと「あの片山大臣を筆頭に酷い大臣ばっかで、まともなら総理の任命責任なんだけどなあ」と梶谷。「責任なんて全く考えてないよ。むしろアベは喜んでるんじゃないか。“滞貨一掃”大臣が責められているおかげで、触れてもらいたくない“モリカケ”問題が棚上げ。片山と桜田は二階派の推薦みたいだし、総裁3選を応援してくれた二階(幹事長)への義理も果たせたしな」。遠野が鬱憤をブチ負けると、阿部秘書は苦笑いしながら「ウチの有村も『あれほど酷い長州人も居ない』と本当に怒って『これじゃあ他の長州人が可哀相だ』と同情するほどで」。 

すると、料理に集中しているかに見えた親爺が「今の内閣は“滞貨一掃”で最近の政治家は『たいかいっそう』だな。質が悪くなる一方だ」と嘆きながらナフキンに“退化一層”と書いた。今日の親爺はどことなくサビが効いている。その字を覗き込んだ後「ねぇねぇ『ジャパンC』はやはり予定通りアーモンドアイから買うんですか」と梶谷。「そのつもりだけど、親爺のマカヒキが回避したし、お嬢たちはどうする?」。

遠野が飲みながら訊くと「この間の『天皇賞』の配当を残していましたのでよろしく」。答えたのは阿部秘書だった。「じゃあ、オレもとのさんに乗る。マカヒキは『有間記念』だ」と親爺。3歳牝馬で軽量が魅力だったのだが、あんまり乗りすぎて重くなるのも…。

源田威一郎

GENDA ICHIRO

大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。

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