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競馬コラム

心地好い居酒屋

2020年01月13日(月)更新

心地好い居酒屋:第80話

3連休直前の10日の金曜日。お嬢達より早く「頑鉄」に着くと、正月の挨拶もそこそこに「本当に申し訳ない。ごめんな」。親爺が頭を下げた。というのも「有間記念」は遠野が買った2頭軸の3連複じゃなく、横山との合議らしくアーモンドアイ流しの馬連を2000円づつ5点、他に遠野が名前を挙げた5頭ボックスの馬連と3連複を各1000円ずつ買っていた。このボックス馬券が、まんまと嵌まり合計3万円が13万円に増えたのだ。 暮れに最後の電話がかかってきた時、嬉しさも半分てな声で「取っちゃったよ」とポツリ。「良かったじゃん。一足早く“おめでとう”だな」と答えたのだが、親爺にすれば遠野とお嬢達が外れ、自分だけ当たったことに後ろめたさを感じていたみたい。それでもちゃんと報告し、謝るところが親爺の親爺たる善人の所以である。

「どうせ誰か儲かるんなら親しい奴が儲けた方が嬉しいに決まってるじゃん」「へへっ。とのさんにそう言って貰うと…」。面と向かって話したことで親爺、安心したようだ。「ところで燗する?」「いや、久し振りに暖かいし『洗心』にするわ」「あいよ!」。機嫌良く酒を取りだし、「サービスね!お年玉」と言い、テーブルに置いた後、自らカウンターに行き、すぐにイクラたっぷりのおろし大根と紅白の蒲鉾、加えてグラスを二つ持って席に戻った。

  最初の一杯は酌をし合い、乾杯。改めて「明けましておめでとう。今年もよろしく」。互いに一口飲むと「ふぅ~。旨い!」と呟き、遠野は「折角だから頂こう」と言い、紅白二つの蒲鉾に山葵を乗っけ「二色(にしき)は錦に通ず――か」なんて独りごち食べた。 「うんうん」と頷いていた親爺が突如話を振った。「それにしても昨日は拍子抜けだったな。<泰山鳴動 鼠一匹>だもんな。8日は夜11時からのニュースを録画、仕事が終わった途端に上(2階)で追っかけながら見たんだが、肝心な話は何一つ聞けなかったし…。それどころかゴーンは『わざわざ安倍さんは関係してないと思う』なんてほざきやがって。こっちだって安倍が直接タッチしてるなんて思っちゃ居ねぇよ」。怒り心頭に発す!とは、まさに今の親爺の心境だろう。ま、それだけ成り行きを楽しみにしていたということでもある。

「レバノンにも金を何百億もバラまいてるし、日本政府から大統領に対し『よしなに』と頼めば庇護されてるゴーンも政治家については口を閉ざすしかないだろ。もっとも逃げられた検察と西川を筆頭に名前を公表された日産側は“チッ”だろうけどな」「そういやぁレバノンの大統領はアウンて名前だってな。まさに国同士“阿吽の呼吸”でシャンシャンの記者会見になったってことか」

寒~い科白のせいか冷たい風が入ってきて、同時にお嬢二人が顔を見せた。席まで来て正月の挨拶を済ませるや否や「やっぱり」とテーブルを見た梶谷がニッコリ。続けて「今日はそんなに寒くないし『洗心』かな、と期待していたんです」。この天真爛漫さが実に可愛い。親爺が早速グラスを取りに行くと仲居がお通しを運んできた。こちらには味付け数の子も添えられている。

全員のグラスが満たされたところで正真正銘の乾杯で20年初めての飲み会が始まったのだが、前回同様<酔う前に>とばかりに阿部秘書が会話の口火を切った。「先日の石投げ三佐と部長の話をしたら有村が大笑いしましてね。前からお店と遠野さんのことは耳にいれてはいたのですが、『近いうちに是非お会いしたい』と。ええ、場所はここでもウチでも結構ですから」「いやいや。それは恐縮。自分も有村さんには興味があるし、じゃあ春がきて自分の体調が良いときで……。我が儘で申し訳ないけど」。チョッピリ遠慮気味に遠野が言うと「有り難うございます。伝えておきます」と答え、グラスの酒を飲み干し、数の子をポリポリと。こちらもまた邪気がない。

「ところで井尻はどうした?」。遠野が梶谷に顔を向けると「ゴーンと検察の絡みで『籠池さんの取材ができないか』と社会部で打ち合わせ中です」「籠池のオッサンねぇ。取れれば面白いけどなぁ。うん、面白い」と遠野。「それにしても日本の検察、警察は酷いですよね。ゴーンさんのことはともかく伊藤詩織さんが可哀相で。民事で勝訴したとはいえ逮捕状を執行せず、検察は不起訴でしょ」。阿部秘書はシンミリとした口調で、今度はグラスは手にしたまま、目を伏せた。

「さっきも親爺と検察やゴーンの話をしてたんだけど、アベ友の山口ってのは控訴するって強気だったし。今の裁判は上級審ほど鮃(ひらめ)判決が出るような傾向があるような気がして…。まだまだ安心できないよ。第一、勝訴した日か次の日にIR疑惑で秋元議員に事情聴取の発表だろ。いかにも“検察は権力にも立ち向かってます”感もあるしな」。公文書改竄でも財務官僚を起訴できなかった検察に憤慨している遠野が同調する。  黙って聞き、飲んでいた親爺も続いた。「そういやぁ“菊の季節に桜が満開”だったサクラスターオーが勝った年の『菊花賞』は11月8日。去年の11月8日は国会で“桜の開花宣言”が出たけど、その途端に沢尻エリカ逮捕!だもんな。どうしても世間の興味はそっちに行くわな。やっぱり目に見えない何かが動いているのかも。いや、間違いなく動いているな」

「サクラスターオーはすぐに散ったけど、国会の桜が散ってないのが救いかな。散らしてはいかんけど、今のメディアと政治家を見てると、それも風前の灯火。この春の桜が咲くまで、そうだな『桜花賞』までに庶民が納得のいく決着をつけて欲しいもんだ」  お通しを食べ終えた二人は鰯や鯵の刺し身に箸を付けたり酒を飲んだりしながら爺さん二人の会話に耳を傾けていたが「それっていつ頃のどんな話?」と梶谷。「あ、ごめんごめん。あれは国鉄民営化の年だったから昭和62年かな。伏兵のサクラスターオーって馬が『菊花賞』を勝った時に杉本というアナが喋った言葉でね。ただし、そのサクラも次の『有間記念』で故障発生。競走生命が散り、翌年春には命まで亡くして…」。遠野が説明していると「あ、そうそう」と親爺が割り込み、懐からポチ袋を取り出すと「これ少しだけど“お年玉”。『有間記念』で儲かっちゃった」と照れながら美女二人に渡した。 「えっ!嬉しい」と梶谷がはしゃぎ、阿部秘書は「お年玉なんて何年ぶりかしら。有り難うございます」と頭を下げた。

金品の受け渡しは難しいものだが、この風景は微笑ましく爽やかさに満ちあふれている。もっとも中身が幾らかは定かではないが。

   

源田威一郎

GENDA ICHIRO

大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。

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