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競馬コラム

心地好い居酒屋

2020年02月16日(日)更新

心地好い居酒屋:第82話

先月10日の飲み会終了時に「次回は同じ第二金曜日に」で散会となったが、いざその日を迎えた朝、遠野は<そういやぁ今日はバレンタインディ。お嬢達には、それぞれに予定があったんじゃないか。まずい日を選んだかも>。かといって今さら確認するわけにもいかず“約束は約束”で、例によって6時には「頑鉄」に辿り着いた。

親爺は軒下の縁台に腰を落ち着け、そぼ降る雨を凌ぎながら煙草を吹かしている。遠野が近づくと「らっしゃい。寒くないのは結構だが、じっとりした生ぬるい暖かさってのも気分のいいもんじゃねぇな」とボヤき「ちょっと座れば」と右横の席を叩いた。
「不機嫌そうだな親爺。世も末って顔なんかして」。遠野が冷やかすと「確かにそんな思いだよ。昔、昔の教科書に“上が乱れ疫病が流行るのは末世の表れ”なんて載ってたことを覚えているが、今がそうだな。とのさんのお察し通り、本気で世も末と思ってるよ。そりゃあ今までも酷い政治家は居たけど、アベほど無知で傲慢、恥知らずの総理は見たことがない。周りはといえば、そんなアベの顔色ばかり窺い、悪を悪とも思わず保身と栄達に汲々して奴ばかり。イヤんなっちゃうよ」。

「まあな。ここまでくると忖度以前の問題だな。奸臣(役人)どもが、揃いも揃って狡知に長けてるから余計始末が悪い。ほら、親爺は公文書改竄について佐川(元・理財局長→国税局長)にも微かな望みを抱き、正直な答弁を期待したことがあるだろ。俺は当時“親爺は偉い。善人だ”と感心したもんだが…」「もういいよ。その話は」「いや。結局は一事が万事で、特に“モリカケ”以来、虚偽、隠蔽はさらにエスカレートしてるし。もはや“蟷螂の斧”であろうと、下から声を上げていかないと。今後は常連客の席に着いた時はガンガン吹き込んでやれ」。遠野はポンと肩を叩き二人して立ち上がった。

 店内に客は居ない。指定席に着くと親爺が「洗心」とお通し(白子・切り干し大根)にグラス2個を持って来て上がり框に腰を下ろした。「今日の予約は?」「ない。新型ウイルスの影響かもな。今週はゲーム屋も顔を出さなかったし」「ふ~ん。それにしても官邸はあくどくてエゲツナイ。そんなウイルス騒ぎのどさくさに紛れて、検事長の定年延長を決めるってんだから」と言って遠野は白子に箸を付け、冷酒を飲み干した。

 親爺が酌をしながら「その黒川とかいう検事長はアベやスガの仲間をたくさん守ったんだってな。連中から見れば“愛い奴”か」「今後も仲間を守り続けるんだろうが、法解釈を変えてまでの特例だから奴も責任重大で結構プレッシャーだと思うぞ。尤も法や倫理なんて屁とも思っちゃいない阿諛追従の輩には関係ないか」。遠野が苦笑いし、親爺のグラスを満たした。受けた親爺は「“盗跖の狗”か」。溜め息交じりにポツリ。

「遅くなりました」。嘆きの空気を吹き飛ばすかのように機嫌のいい明るい声が聞こえ、二人の美女が入ってきた。7時を過ぎている。靴を脱ぎ互いの席に着くと「ごめんなさい。予約はしていたんですが店が混んでいて」と梶谷が詫び、舌をチラリ覗かせ上目遣いに遠野を見た。「あの~これを」。阿部秘書が包みを差し出した。「私と梶からのチョコです。お口に合うかどうか」。箱は3個ある。「おじさんと遠野さん、もう一つは皆で食べようと」。

「えっ!俺達に?有り難う」と言い、銘柄を見た遠野は「このデメルはクリーミーで好きなんだよね」。遠野が応えると「わぁ嬉しい。遠野さんがチョコの名前をご存じで、喜んでいただけるなんて」。静かな阿部秘書にしては珍しいハシャギようだ。「二人からチョコを貰えるとは…。俺、生きてて良かった」。新しいグラスとお通しを運んできた親爺も大喜び。続けて「今日の刺し身はいつもの鮪はもちろんだが、針魚(さより)とカボスで育てた鰤にしたからね」。

 会話の間に梶谷が包みの紐を解き蓋を開けた。「旨そうだなぁ。こんな上物があるんなら俺、スコッチを飲むわ。『洗心』が空いたらバランタイン持ってきてよ」。遠野が注文すると「あいよ。17年でいいかい」「頼む」「ヒェ~。とのさん元気になったなぁ。スコッチとチョコの組み合わせなんて何年ぶりだろ」。

 爺い二人の遣り取りを聞いていた美女二人は顔を見合わせ「良かった」と。「京子ちゃんとおまさちゃんが来るまでは官邸の話で空気が淀んでいてね。権力者を監視する検察が政治家に取り込まれてどうするんだ、とかね」。親爺が遠慮気味に報告すると「何とか杏里って議員やメロン一秀の選挙違反も大坪某と脂ぎった和泉某の公私混同疑惑もナシになっちゃうでしょうね」。梶谷が憤慨すると「テレビを見てて、女性二人の太々しさには呆れました。同姓として恥ずかしい限りです。私達はもう少し上品に歳をとっていきます。ねっ梶」。今日の阿部秘書は口が滑らかだ。

「“過ぎたるは及ばざるが如し”で、“飴と鞭”どころか“チョコと剣山”。ここまで極端で無茶、差別のデタラメだと、狗達も付いていけなくなるさ」。遠野の言葉に「役人も“孤児”ばかりじゃく“良心”だってあるはず」と親爺。一瞬、怪訝そうだった美女二人は良心=両親が通じたようで「ウフッ」と笑い口を押さえた。

「洗心」が空くとお待ちかねのスコッチが届いた。遠野は氷とスコッチを入れたグラスを梶谷の前に置いた。「そのデメルを中に放り込んで頂戴」。ビッシリ詰まって摘まみ辛いからなのだが、梶谷は上手に取り上げ「遠野さんなら“あ~ん”でも歓迎ですよ」と茶化しながらグラスに投げ入れた。コネクティングルーム使用の和泉&大坪の“濃密接触”を皮肉ったのは間違いない。

 遠野がグラスの中を箸で掻き混ぜチョコを摘まみ上げ口に入れた。コリッとした歯触りと甘さを味わった後、スコッチの香りを楽しみ舐めるようにして飲んだ。見ていた梶谷と阿部秘書は早速ロックグラスを注文、同じ手順でチョコとスコッチの味を試した。一噛み、一口を続け「芳醇さに加え甘みがふわっと広がって、喉越しは少し刺激があって…。美味しい」。梶谷がウットリした表情を見せると、阿部秘書は「遠野さんのチョコ好きは本当だったんですね。今日、会えてデメルを渡せて良かった」と言って微笑む。

 面映ゆくなった遠野は「俺は嘘はつかないって。あの長州の嘘つき総理とは違うんだから。いやいや、総理を嘘つきなんて呼んだら“特定秘密保護法案”でパクられるかなぁ」。冗談めいて言うと、聞いていた親爺が「総理の嘘つきは国民の大半が知っているんだから“特定秘密保護法案”には抵触しないから大丈夫だよ」。

 井尻は新型肺炎絡みで忙しいらしく、まだ到着しない。誰も待っちゃいないが…。

源田威一郎

GENDA ICHIRO

大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。

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