無観客レースとなった先週の中央競馬。<果たしてどんなもんか>と興味津々。競馬場の当番ではなかったが横山は日曜日、中山に行ったらしい。
「ゴンドラに居ても、外に出ると蹄音やジョッキーの気合いが聞こえてきて、結構迫力がありました。札幌競馬場の一番前で柵に手をつき観戦していた時とは違った感覚で…。もちろん早く落ち着いて平常開催に戻って貰いたいのはヤマヤマですが、今後もないでしょうから、昨日は“競馬記者になって本当に良かった”と」
店内には予約席の札こそあるが、今は遠野と親爺、そして自分だけとあって横山は新型ウイルスも何のその、貴重な経験をしたとばかりに喜々としている。「ただ、こんな天気ですし、遠野さんが今日来られるかどうかが心配で。こうしてお会いできて本当に安心しました」「ありがとね。こっちだって、月一で若い連中と飲んで喋れるのを楽しみにしてるんだから気にしなさんな」。遠野が応えると「そうそう、“食って”の話だけど、とりあえず今日は焼きで刺し身なし!。勘弁な」と言ってテーブルを指さした。なるほど…。牛肉のしぐれ煮とキンピラ牛蒡が載っている。酒は当然のように「千寿」の熱燗だ。
「無観客ったって、こっちはいつもテレビ観戦だし、競馬さえやってくれればいいんだ。馬券は頼めば横ちゃんが買ってくれるって言ってくれたしな」「一応、『即パットの手続きは簡単です』と教えたんですが」と横山。「いやいや。商売人が既成の口座で馬券を買っちゃあダメ。さすがの親爺だって歯止めが利かなくなるかも知れん。断った親爺は偉い」。そう言ってしぐれ煮を口に入れた。「旨い」と一声発した後「そんなことより競馬関係者の感染には気を付けないと。特にジョッキー。調整ルームという閉ざされた場所で共同生活を余儀なくされていて、土、日で移動すると、それだけ不特定多数の人間と接触する機会も多くなるし」。遠野の言葉を受けた横山は得たり!とばかりに身を乗り出し「そうなんです。後2週は“一場限り”の騎乗にしたら少しは予防になるんじゃないかと思うんですが」と。「一理あるな。初期対応を誤ったアベのせいでとんでもないことになりそうだよ。ったく」。遠野が舌打ちした時、ドアが開き「ザッツ」一行が、続いてゲーム屋さんが入ってきた。いずれも4人づつだが、先頭は梶谷だ。
「寒い寒い」を全員が連発しながらそれぞれの指定席に着いた。新しい酒とビールに「黒霧島」お通しが揃ったところで珍しく梶谷が口火を切り、仕事の話題を振った。「刈田さんさぁ。アンベーさんのイベント自粛願いと全国一律の休校依頼をどう思います?」。問われた刈田は梶谷のご指名は嬉しくもあったが、即答はできず、とりあえず間をとり「アンベー?」「そう。いつも“信なくば立たず”なんて言ってるし、その信(晋)がないからただのアンベーさん(安倍三)」。平然と説明し、しぐれ煮を食べた。「これ熱燗にも合う。出汁の味もそうだけど、生姜のピリ辛さがピタッと嵌まって美味しい」と。
遠野と親爺は顔を見合わせ酒を飲み続けているが、他の4人は一瞬、持ったグラスや箸をそのままに啞然とし、1秒後には“なるほど”の態で飲み、食い、そして笑った。横山なんて拍手している。刈田は梶谷の問いには梶谷が納得のいく良い答えを出さなくていけない。惚れた弱味だ。「自粛はともかく休校はもはや論外、錯乱としか言い様がないでしょ」「そうよね。常軌を逸しているとしか思えないわ」。梶谷の反応に刈田はまずはホッとした様子で「黒霧島」のお湯割りを自分で作った。
「どっちにしろ桜と黒川隠しも大きく関係してると思うぞ」。井尻が付け加えると「目黒川の桜は綺麗だが目なしの黒川じゃあ桜も汚くなるわな」。親爺が応える。「あの~」一番端っこにいた下川が手を挙げた。これまた珍しい。焼酎から熱燗に切り替え黙って遣り取りを聞いていたのだが「時系列から考えてもアンベーの保身に錯乱と危機感が原因での発言、処置で、決して“国民の命と財産を守るため”じゃないですよ」と言って酒を飲み干すと「辻元から、和泉と大坪の血税を使っての不倫出張疑惑について『加計学園絡みで弱味でも握られているから処分できないんですか』と問い質され、挙げ句『鯛は頭から腐る』と面罵されたのが2月12日。しかもお決まりのバカな野次のおかげで面罵された方が謝罪する羽目になり、週が明けた17日には、これまた辻元がANAホテルの明細書と領収書の実態を明らかにしたし…。相当追い詰められた訳でしょ」。静かに淡々と喋るタイプだけに余計信憑性がある。梶谷も素直に耳を傾けている。
理路整然として、説得力もあった。それだけに刈田も負けておれない。「確かに24、25日の専門家会議では話題にならなかったのに、26日の予算委員会直前の12時半に突然の自粛要請。おかげでEXILEやPerfumeなんかのライブは中止になるし、その夜のテレビに始まり翌朝の新聞も自粛余波の記事ばかりで国会なんて隅っこにチョッピリ。完全に桜も黒川もぶっ飛んだもんな」と言い、梶谷の顔色を窺った。その梶谷は柚子胡椒と葱を乗っけた大根ステーキを味わっている。
「その日の質問者は枝野と玉木。もちろん質問主意書は渡っているし、それを読み答弁
を作った官僚も“まずい”“整合性が厳しく問われる”との不安もあったと思う。俺はテレビで観たけど、黒川の定年延長についての質疑応答はそれなりの迫力はあった。アンベーは訳の分からん日本語を早口で喋り、森(法務大臣)もオロオロ。自粛要請がなければ“法律違反”がもっと世間にアナウンスされたはずなんだが…」。井尻が残念がり手酌でビールを飲んだ。
「自粛要請程度であの騒ぎ。全国休校ともなれば上を下への大騒ぎは当たり前。案の定27日以降は新型ウイルスばっかり。テメェが甘くみたおかげで検査もままならずで、今の危機があるのにフザケタ話だ」。親爺も怒っている。
「側近には邪悪で狡知に長けた切れ者が居るらしいからなぁ。26、27日の発表だってアベの発案じゃないだろ。そいつらにすれば、まさに<奇貨居くべし>だったわけだ」。遠野は嘆息する。と、「キカ?」横山が遠野を見上げた。耳にした親爺が紙とペンを持ってこさせると<奇貨>と<奇禍>を書き「上は“珍奇な貨幣”の意味で持っておけばいつか価値が上がる、って意味だが、これが転じて<チャンスは逃すな。うまく利用しろ>となったんだ。つまり下の奇禍、今は新型ウイルスだが、これを利用して悪事を国民の目から逸らせたってこと」。得意げに解説し、“酌を”とばかりに猪口を差し出した。「これは『史記』に書かれていて…」と続けようとしたが梶谷が遮った。「おじさん!熱燗お代わりお願い」
源田威一郎
GENDA ICHIRO
大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。