スマホすら持ってない爺い二人ではオンラインとはいかず、5月5日の子供の日は電話越しでの飲み会で「NHK杯」検討を兼ねての長話になったが、親爺が強調したのはアベゾー(信=晋のない安倍晋三)への失望と憤怒だった。
「中国の宦官みたいな役人に囲まれて悪政を布くようではコロナより先に国が滅ぶよ」と嘆いた後「もう一度、とのさんと一緒に生で『ダービー』を見たいよ。ふぅ~。疲れた。ボツボツ寝るわ」。受けた遠野は「今度は俺の方から電話するよ。おやずみ」で終わったのだが、連休明けから始まった「検察庁法の改定法案」の審議にはビックリ。
親爺に電話する気力が失せた。久々に“鬱”を感じた。と同時に<そこまでやるか>の怒りも。やはり<悪は芽のうちに摘んでおかねばならなかった>とも。振り返れば「政府が右と言ってるのに、我々が左という訳にはいかない」と言い放った籾井なる人物を「NHK」の会長に据える暴挙、さらに「内閣法制局長官」には自分の意に従う横畠裕介を抜擢した。この2014年の時点で世論が異変を感じ、大きな問題にしなければならなかったのだ。自らを「立法府の長」と何度も宣(のたま)い、今や最高裁の判事15人はすべて安倍内閣での任命。15人の中には加計学園の監事を勤め加計孝太郎の同窓生(立教大学)も居る。残る検察を押さえれば万全。何をしても許されると思ったのだろう。小さな(決して小さくはないが)悪の積み重ねが見逃されてきたのが現状に膨れあがった…。“ごまめのはぎしり”“蟷螂の斧”――。無力な自分が歯がゆかった。
しかし世間は黙っていなかった。ツイッター上で有名人を含め多くの市井人が権力の横暴を非難、法案反対の声を上げたのだ。15日金曜日のテレビでは国会でまともに答弁できない森法務大臣が映し出され、ツイートが400万を超えたとの報道もなされた。それでも与党は週明けの強行採決を目論んでいた。
それが覆ったのは翌18日。すでに15日に元・検事総長を含む検察OBから反対の意見書が出されていたが、この日には政治家捜査経験のある地検特捜部OBら有志38人が法改正の再考求める意見書を法務省に提出したとの報道、そして午後0時頃には「検察庁法案 今国会見送り」と。安堵した。心が生き返った。そして思った。<ガラケーをやめてスマホにし、今後は俺もツイートを覚えて参加しよう>
今週は「オークス」、そして来週は「ダービー」だ。午後のニュースを見終えると早速親爺に電話した。二度のコールで「元気だった?」。親爺の声が聞こえた。「何とかね。今日は処方箋を貰いに行くから店に顔を出すよ。5時前には着くよ」「えっ。来てくれるの。じゃあ、また横ちゃんに声をかけるね。新しい『洗心』もあるし、肴も見繕って用意しとくよ」。声が弾んでいる。
「頑鉄」の前では例によって<今や遅し>とばかりに親爺が縁台に腰を下ろし煙草を吹かしている。遠野がニッコリ笑い「ご無沙汰」と言うと「嬉しいねぇ。でも大丈夫?肺が肺だけに気を付けてよ」。心から労ってくれる。
中に入り、席につくとすぐに「洗心」とグラス、続いて瓜と茄子の漬け物と刺し身が届いた。鰹と間八だ。「横ちゃんも楽しみにしてたよ。6時前には来るんじゃないか」「うん。まぁとりあえずお互いに無事で」と遠野が言い同時にグラスを上げ乾杯の真似事をした。「ところでどうした?」。遠野が問いかけると「アーモンドはともかく相手がなあ」と。「いやいや競馬じゃなくて都の助成金!」「あはっ。そっちか。一応、ほら新富町の城田さん(行政書士)に手続きは頼んだから訂正はないと思うけど、いつ振り込まれるやら。一律の10万も要請書すら来ないんだから。使えねぇマスクは届いたけど」「へぇ。親爺は高級国民だな。横浜にはマスクだって届いてないぞ」。二人とも、もはや怒るのもムダとばかりに“アベゾー”には触れず酒を飲み干し鰹に箸を付けた。歯ごたえがありプリプリして旨い。
「そうそう、この間“知ったかさん”が遊びにきて、おまさちゃんと京子ちゃんが『ダービー』は買いたいとか。とのさん連絡してやってよ」「ああ。気にはなってるさ。直前には井尻か横山君に買い目を伝えるよ。いや親爺でもいいか」「どっちでもいいけど何にするの」。親爺が狙い馬を訊いてきた。「やはり『皐月賞』と同じでコントレイルには逆らえん」と言って酒を飲み再び鰹を食べた。「相手は?」「ノーザンの馬ばっかでつまんねぇけど外国人が乗る3頭に豊ちゃんのサトノフラッグ。穴ならシルクやキャロットの馬に乗ると俄然張り切る石橋レクセランスにアルジャンナ。もう1頭ならウインカーネリアンってとこじゃない。あくまで今んところだけど…」。親爺はうんうんと頷きながらメモってる。
横山が「今晩は」と挨拶をして入ってきたのは6時だ。「例の法案は正式に今国会での断念を発表しました」。まずは報告し、親爺の斜め前に座った。遠野の横だが離れている。「そりゃ良かった。でも廃案じゃないんだろ。薄汚ねぇ連中が揃ってるし、まさか、この期に及んで黒川を検事総長にするとは思えんが、ほとぼりが冷めたら、またぞろ引っ張りだすんじゃないか」。遠野が言うと「再提出はともかく、あのツイッターってのは凄えな。俺もスマホに替えて覚えようかと」と親爺。聞いた遠野は酒を吐き出しはしないが思わず「ブフッ」と。「無理か。やっぱり俺が言うとおかしいか」と親爺。「ちゃうちゃう。実は俺もここに来るまで同じことを考えていたから」。遠野が手を横に振りながら笑った。
「ぜひ、そうして下さい。顔を見ながらの会話もできますし」と横山。気がつくと前にはグラスだけだ。「悪い悪い」と言いながら親爺が席を立ち刺し身と漬け物を取りに行った。遠野が酒を注ぐと「恐縮です。有り難うございます」と言い、ごそごそしながら「良かったらどうぞ」とコンビニで買ってきたらしい鶏の唐揚げを取り出した。そこへ親爺が戻ってきて「おっ。横ちゃん好きだねぇ」
遠野がいない間、ちょくちょく二人で飲み会&検討会を催しているのは明らかだ。
「横山君の『オークス』は何?もちろん現時点だけど」「負けなしのデアリングタクトはもちろん怖い1頭ですが、生産ノーザン=鞍上ルメール=馬主キャロット=厩舎藤沢和じゃあサンクテュエールは外せません」。遠野に訊かれて、満足気に答えた後「遠野さんは?」「俺か。う~ん。この頃年のせいか判官贔屓になってな。金子さんと豊ちゃんのコンビのミヤマザクラと倅が騎乗停止になった典ちゃんのウインマイリリンを絡ませようかと。連中も騎手としては年だしな」。親爺はどっちにしろ直前に横山と最終相談をするのだろうが、今度は夕刊紙の馬柱にチェックを入れている。
源田威一郎
GENDA ICHIRO
大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。