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競馬コラム

心地好い居酒屋

2020年09月16日(水)更新

心地好い居酒屋:第94話

遠野が「頑鉄」に着いたのは4時過ぎ。気候が良くなったせいもあって、親爺は縁台に座り、煙草を吸いながら即売のスポーツ紙に目を落としている。この日は新大橋通りとは反対の平成通りでタクシーを降り、歩いて行ったので、さすがの親爺も気付かなかった。

「どうした?昨日は?」。声を掛けるとと驚いたように顔を上げ「なんだ、とのさんか。それにしても随分早いじゃん。総裁選の模様は見てこなかったの?」と。「んなもん。結果が分かっていて歌舞伎座や明治座の“茶番”より酷い役者ばかりの茶番劇を見たってしょうがないだろ。午後一で病院に行き、処方箋を貰ってきたんだ。<早過ぎるかな>とも思ったけど、他にやることもないしな」「確かに。昔のとのさんなら、喫茶店で、煙草とコーヒーを楽しみながら文庫本でも読んでたのにな…。ま、早いのは俺も大歓迎だし」と言い新聞を畳んだ。

「それにしてもひでぇ世の中になったなぁ~」。遠野が溜め息交じりに言い、縁台に腰を下ろした。「朝、電話で話した通りの結果だったよ。あんな連中が選良とはなぁ。ほれ、談合で<管で決まり>となった時、マスコミは“先祖帰り”だの“昭和の派閥復活”だの批判してたけど、冗談じゃねぇ。実体はほとんどが提灯報道じゃねぇか。『三角大福』や『安竹宮』に『金竹小』の時代の方がよっぽど緊張感と迫力があり、議員達も国民を意識し、ちゃんと見てたと思うぞ。それにマスコミだって今より権力ベッタリじゃなかったしな」。そこまで言って「ごめんごめん。煙草なしのとのさんにお茶も出さなく、おまけに釈迦に説法で」と苦笑いしながら「中に入ろう」。 

入り口は3分どころ開いてるし、左奥の窓も網戸こそあるもののしっかり開けている。ちなみに、どちらにも中からは見えないよう屋根近くに「虫コナーズ」が。これはご愛敬だが…。 「後はどんな人事になるかだな」と親爺が言い麦茶と最中をテーブルに置いた。「二階が絵を描いたアベゾー継承の不祥事隠蔽内閣だから期待なんてしちゃいないが、問題は官邸官僚だな。これまでは経産人脈が神輿を担いでいたわけだが、今度は加計の実行を進めたコネクト不倫の和泉や警察人脈の出番になるんじゃないかと…。そっちの方がいろんな意味で心配だな。不満と不安は山ほどあるが、このコロナ禍であんまり考えても、こっちが鬱になっちまうよ」。遠野がぼやき最中を手に取った。「やはり『空也』(最中)は旨い」。上品で濃くのある甘さを味わい遠野の気持ちが少し和らいだ時、電話が鳴った。「はい『頑鉄』!うんうん。もう来てるよ。あ、そう。じゃあ待ってる」「横山君?」「当たり!もうすぐ着くってよ」

「おまさちゃんも来るんだろ?」「ああ。だから、それ(最中)を持って帰って貰おうと思って頼んでいたんだ」と親爺。相変わらずの気遣いには頭が下がる。「今日は久々に“チーム井尻”の登場みたいだよ。横ちゃんは月曜が暇だし、とのさんを、おまさちゃんや知ったかさんに取られる前に独占する算段だから」。親爺が解説する。「ありがとな。親爺や井尻達のおかげで隠居生活にも張りが出るよ」「とのさんには長生きしてもらわんと」と涙が出るような事を言ってカウンターに向かった。と、ほぼ同時に横山がやってきた。

「『こんにちは!』のご挨拶でお会いできるなんて初めてですよね。感激です!ホント」。横山が喜ぶ。「おいおい、勘弁してくれ。俺、神輿じゃないから」「そ、そんな。久し振りですし、ゆっくり話をお聞きすることも、聞いて貰えることも少なくなってますから」「お爺さんから旨い酒も送ってもらったし、こっちこそ感謝だよ。なぁ親爺」

問いかけられた親爺は「そうそう。その通り」。軽くいなしながら酒と肴の準備している。酒はもちろん爺さんが送ってくれた「男山」の大吟醸だ。

親爺自らが、まず酒を、続いて大蒜(にんにく)風味が効いている蛸とセロリの酢の物と板わさを運んできた。隣に座った横山が手伝って飲む態勢が整った。「何がともあれ元気で良かった」。遠野の口火で早くも酒宴が始まった。予約の札はあるが、まだ仲居の木村さんも来ていない。

「で、先週はどうだった?」。あえて遠野の方から訊いた。一口飲んでいた横山はグラスを置くと“待ってました”とばかりに口を開いた。「開幕週は馬場状態も未知に近く、天候も不順で、秋から発表されたクッションがどんなもんかも分かんないし、親方と相談して“ケン”にしました。おかげで冷静に全体を見られて収穫はありました。これで今週の三日競馬は乗り切れそうです」

飲み、食べながら耳は傾けていた遠野が「ほう。偉いもんだな。横山君が付いててくれれば俺も安心。親爺が寂しがることも馬券での暴走もなさそうだし…」。言うと二人して「実は…」で身を乗り出したが、続けたのは横山で「その前のローカル最終日は全滅。馬場と枠に惑わされまして。親方にも迷惑かけました」「何が迷惑なもんか」と親爺が応え二人して頭を搔いた。

「先週の収穫馬は新馬戦のジェラルディーナ。③着でしたが最内枠からフワッとしていて出遅れ。道中は内でもまれながら4角から直線で外に出すとジワジワ伸びて②着とはハナ差。母のジェントルドンナも初戦は②着でしたし“蛙の子は蛙”でこれは走ると思いました」「モーリス産駒だったっけ。でも“蛙の子は蛙”ってのは平凡さの例え。それを言うなら、むしろ“瓜の蔓に茄子はならず”の方がいいかもね。もっとも、むか~し某有名評論家が豊ちゃん(武豊)のデビュー時、邦ちゃん先生を意識してか“さすが蛙の子は蛙。達者ですねぇ”と電波で得意げに喋ったこともあったけど」。そう言って横山の反応を見た。と、急に正座して「有り難うございます。全く違った意味で使っていました。以後気を付けます」。素直で実に殊勝ではある。

こういう若者を見ると年寄りは余計な事も言いたくなる。「そうそう。先週は6億円馬アドマイヤビルゴが豊ちゃんで復活V。これからが楽しみだけど、ああいう馬は“栴檀は双葉より芳し”っ表現してもいいんじゃないか」と言って横山の顔を見、酒を飲んで酢の物に箸を付けていると「せ・ん・だ・ん・ですか?」と呟き「失礼します」と頭を下げスマホを取り出した。

横山が調べている間も遠野が続けた。「いい肌にはいい種、期待の種にはいい肌をってのは当然だが、特に善哉さんは拘ったからなぁ」。これには横山もピクッと反応した。

源田威一郎

GENDA ICHIRO

大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。

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