「いやぁ嬉しいね。別に“社台”に恨み辛みはないけど、デアリングタクトの無敗での三冠には拍手喝采だな。2000万弱で小っちゃな牧場の生産馬ってのが最高だよ。ドラマチックだし、いわばウチの料理が『たん熊』や『なだ万』より認められたようなもんだ」。「秋華賞」から約一週間経った23日の金曜日。枠順も確定し、競馬ファンの興味は、もはや「菊花賞」とコントレイルに向いているというのに親爺は大喜びだ。
「まぁな。俺らは馬主じゃないけど、確かにいつも“社台”だの“ノーザン”だのじゃあ世の中同様“弱肉強食”を絵に描いたようなもんだしな…」。遠野が気なしに応えたが、それにしてもハシャギ過ぎのようで「もしかして馬券取った?」「へへっ。分かった」「やはりな」。納得して囓った沢庵を焙じ茶で流し込んだ。
「だってよ。『オークス』の時はとのさんもいの一番にデアリングの名前を挙げてたし、それに穴人気になったミヤマザクラはヴェロックス(皐月賞)で綾がついた金子さんの馬。リアアメリアは道悪が空っ下手。この1枠2頭を切れば、自ずと狙い馬も絞れるだろ」。<えへん>と言わんばかりに胸を張った。
どうせ横山の受け売りだろうが、このご時世だ。親爺と横山が、土、日だけは憂さを忘れて仲良く馬券検討をし結果を出しているのは結構なこと。
「その、“弱肉強食”じゃねぇけど、ますます酷くなったなぁ。この前、“担ぐ神輿は軽くてパーがいい”と言っていたが、今、振り返るとその通りで菅の陰湿で陰険なツラ見てると、操られていたアベゾーが可愛く思えるから不思議だよ」。親爺、急に不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
学術会議の6人拒否問題は<税金が使われている>とかであやふやの内に<今後のあり方>に傾き始めてきたし、マスコミはコロナの全国蔓延気配もものかわで<上手なGo Toなんちゃら>の使い方で大騒ぎ。一部報道を除けば、自死した近畿財務局の赤木氏の夫人が録っていた重要なテープを公開しても知らんぷり。
そんな中でさらに菅の厚顔無恥をさらけ出したのが自身の著書「政治家の覚悟」である。(2012年初版の改訂版)
「俺も知らなかったけど、原発事故のあと『政府が記録を克明に残すのは当然で、議事録は最も基本的な資料です』とか書いてたんだってな」と親爺。「そう。しかも『それを怠ったのは国民への背信行為であり、国民に対する責任感のなさ』みたいなこともな」。遠野が応じると「どの口で言えるんだ」。プリプリしながらも落ち着かない様子で外の雨を窺っている。ちなみに改訂版では、その部分は削除。
「他のテレビが報じたかどうか知らんが何日か前のTBSの『NEWS23』で2017年の記者会見の録画が流されてな。公文書を巡り、ある記者が『基本的な資料を残さなかったのは国民への背信行為です。と言った政治家がいるんですが官房長ご存じですか』と質問した場面があって」「で、何と」。親爺観てなかったらしい。固唾を呑んで応えを待った。遠野は焦らすように焙じ茶を啜ると「例の能面みたいに表情一つ変えず『知りません』の一言だけで、次の記者を指名していた」
「ふぅ~ん。俺も自慢できるツラじゃねえけど、俺からすれば、あれほど卑屈な目をしていて、にも関わらず傲慢な輩(やから)は見たことがねぇ。あの男は周囲を警察官僚で固めているし、こんなこと言うと理由を作って引っ張られるかね」「いや。<蓼食う虫も好き好き>。好みはそれぞれだから大丈夫でしょ」と言い、続けて「結局はネットや県議やらのバッシングに遭い撤回せざるを得なくなったが、静岡県知事の川勝ってのが学術会議の任命拒否に絡み『菅総理の教養レベルが露見した』と発言したほどだし、市井の親爺が嫌悪感をモロに出そうと、それこそ表現の自由だよ」とキッパリ。
「清水さんから教えてもらったのかなぁ。<羞恥の心なきは人に非ず>ってな。孟子の言葉を菅に聞かせてやりたいよ」「フッ。それで直るんなら、あんな顔にはならん。お、外は菅以上に暗くなったし、ボツボツ熱燗を貰おうか」「あいよ。『千寿』だな」と言って立ち上がりカウンターに向かった。
阿吽の呼吸とでもいうのか、それとも板場の吉野が時間を見計らっていたのか、ほどなく親爺が熱燗と一緒に土瓶蒸しを運んできた。
「これはこれは。最近は外食もなしだし、初物だよ」「病院帰りに、来てくれるってんだから、それも冷たい雨ん中を…。できるだけのことをしなくっちゃバチが当たるよ」「バチじゃなく馬券は当たったし、ありがとね。焼きも出るの」。聞くと「当ったり前だろ」と胸を叩き「これでおまさちゃんと京子ちゃんが居れば最高なんだけどなぁ」。しみじみと呟いた。
「そうそう、京子ちゃんとこの『完庶処』だけど、やはり予約サイトとは契約しなかったらしいぞ。有村社長は『☆が幾つだの採点も信用できんし、あのポイント制というのは、どう考えてもおかしい。不公平だ』と憤慨していたとか」。遠野が報告し土瓶蒸しの汁(つゆ)を注いだ。「うん!いい味が出てる。親爺もいい跡継ぎができたなぁ」
「吉野は腕も人柄も大したもんだよ。なんたって、あのおまさちゃんのお墨付きだからな。俺はいつでも譲る気だし、今は共同経営みたいなもん。もちろんウチだって吉野と話し合ったうえで参加を見送ったよ」
それでも「予約席」の札が立ってる所を見ると客の舌と信頼関係は、安全面も考えて捨てたもんじゃない。遠野も一安心だ。
「それより『菊花賞』はどうなの?」。熱燗をチビリチビリやりながら聞いてきた。「ホラ!森山さんの一周忌だろ。とりあえず線香だけは送ったが、昨年同様“カブ馬券”を買っておこうと。当たれば飯野君に渡して仏前に供えて貰う積もりで…」と言い、煎り銀杏を摘まんだ。塩胡椒が利いていて旨い。
「そうかぁ。もう一年か」「あの時は所沢まで来てくれてありがとな。ま、それはそれとして今年は自分の馬券も買うよ」「コントレイル?」「しか居ないだろ。かといって馬連をダラダラ何点も買えないし、本線は同じ前田さんのディープボンドとの馬連と軸2頭の3連複だな。たまには「マエコウ」さんの“親子丼”があってもいいんじゃない」
「う~ん。“自助→”共助“→”公助“はともかく“キズナ“は大切ってことか」
源田威一郎
GENDA ICHIRO
大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。