4月25日発出の緊急事態宣言を受け、「頑鉄」では「酒も出せないんじゃ客が来るはずがない。やってられねぇよ」と早々に休業宣言を“発出”した。とはいえ“家飲み上等”で「とのさんや『ザッツ』の連中は別。客扱いしないからいつでも遊びにきてよ。これは俺と吉野のお願いでもあるんだ」と
お言葉に甘えて親爺に連絡したのは5月16日。「薬もなくなったし、明日“処方箋”を貰いに東京に行くから5時過ぎには顔を出すよ」「元気そうで良かった良かった。大した料理はできないけど『洗心』だけは売るほどあるし…。横ちゃんに連絡しても構わんだろ。喜ぶぞ」。親爺、大歓迎の態だ。
表に看板はなし。代りに<当分の間休業させていただきます>の張り紙が。そのドアを開けて入ると、すでに親爺と横山が指定席の一つ隣の席で差し向かいで話し込んでいた。遠野に気付いたのは、もちろん横山で、スクッと立ち上がり「ご無沙汰しております」。頭を下げる。親爺が振り向き「待ってたよ」と言い遠野に「あっちに」と指定席を指さした。
遠野は席と席の間を通り、いつもは横山や梶谷が座る位置に腰を下ろした。ほぼ同時に吉野が冷たいお絞りを手渡しながら「顔を出していただいて有り難うございます。すぐ用意しますから」と言って板場に入った。親爺も後に続きカウンター越しにグラスと小鉢を受け取り「洗心」を取り出して戻ってきた。お通しは数の子タップリの松前漬けだ。
「先にやっててくれれば良かったのに」。3人のグラスが満たされ一口飲んだところで、遠野がどちらともにでもなく語りかけると「いやぁ横ちゃんの話が興味深くて…」「何?」。遠野が問うと「ほら!最初から話してやんな」と横山に言い「ちょっくら刺し身でも切ってくるから」。親爺、もう一飲みしてと板場に向かった。
「どうした?昨日のヴィクトリアマイルとルメール?」。遠野が訊くと口に入れた酒のせいかか「ムホッ」と噎せた様な声を出し「ええ、まぁそれに関係していますが、いきなり核心を衝かれると…」「ルメールがGⅠ2連勝、それも“サンデーレーシング=ノーザン”の馬で、とくれば想像もつくさ」と応え昆布出汁の効いた数の子を口に入れた。シャキッとして旨い。
「それとですね。深読みかもしれませんがルメールの忖度というかヤル気というか、どんな時にシャカリキになるかを…。聞いてもらえます?」「もちろん」。一言だけ発し、手酌で注ぎ、先を促した。
「昨日ルメールは10Rで一本かぶりのアストロブレイクで見せ場なしの惨敗だったでしょ。レース後の談話は『馬が進まなかった』ですが、スタートで後手を踏んだ途端レースを諦めてたように見えて。で、思い出したのが3月28日の3歳未勝利戦です」「古い話だなぁ」「あ、すみません。前回お会いしたときは確信も時間も無くて」。頭をかきかき謝る。「いやいや<凄い>と感心してるんだ。続けて」
「“ラフィアン”や“コスモ”の岡田繁幸さんが亡くなり初七日も終わった直後だし柴田大知と丹内ジョッキーが騎乗。恩人の弔い戦でもあり二人がどんな競馬をするか興味があって。その16頭立てのフルゲートで二人は⑭番と⑮番。一方ルメールが乗ったクイーンズキトゥンは①番。その日は内ラチ沿いが荒れていて<これなら勝負になる>と⑭⑮の馬連1点だけ買って見てたんです」。遠野は酒を飲み、時折具のイカ昆布を摘まみ「………」。
「案の定というかルメールは内で包まれ走りにくそうでしたし、直線中程で<やった>と興奮したんですが、ルメールは馬群をかき分け、直線は外に出し必死に、まさにガムシャラ、脇目も振らずの追い込みを披露して」「で?」「②着に食い込み馬券は①③着。外れはしましたが自分は大知、丹内の両ジョッキーは<いい恩返しをしたなぁ>と内心褒めました。話は逸れましたが昨日の惨敗とあの時の未勝利戦とではルメールの騎乗姿勢が少し分かった気がして」。そこまで喋ると、遠野の反応を窺う様に顔を見た。遠野は「なるほど。よほど勝ちたかったんだろうな」と言いながら4合瓶を持ち上げた。「恐縮です」と受け、遠野が興味を持ってくれたことに大喜び。<得たり>とばかりに続けた。
「募集価格を調べてみるとクイーンズは200万の40口。皐月賞馬エフフォーリアが庶民も参加できる7万の400口。やはりお金持ちの客向きの馬だった訳で、ルメールも事情を知った上での騎乗だったのじゃないかと」
一段落付いたところに親爺と吉野が小鉢と小皿を盆に載せやってきて、それぞれに渡した後「ご相伴させていただきます」と頭を下げ、吉野が横山の右隣に座った。「おう!吉野君と飲むのもは久し振りだなぁ。尤も、こういうご時世じゃなければ酌み交わすことはあまりないしな。いつも旨いもん有り難さん」。遠野が音頭を取った形で改めての乾杯となった。
「ところで、そのクイーンズなんちゃらってのは次戦で勝ったの?」。遠野が訊くと「そうなんだ。俺も知りたかったんだよ」と親爺。どうやら募集価格の件(くだり)までは話していたみたいだ。
「それがですねぇ。あのレースで相当のダメージがあったみたいで、その後は出走してません」「放牧か?」と親爺。「それはちょっと」「取材しとかないとね」。遠野が突っ込むと「<画竜点睛を欠く>って奴だな」。親爺の戒めに「すみません」。吉野は旨そうに、そしてニコニコしながら酒と会話を楽しんでいる。
「青葉賞②着でダービーの権利を取った吉田(和美名義)キングストンボーイも故障発生だし、それだけ勝負掛かりのルメールは能力を出し切るってことでしょう。昨日のグランアレグリアも好走した馬も惨敗した馬も藤沢和厩舎ってのも考えさせられます」
親爺「その辺のことも考慮しての馬券指南よろしく」と頭を下げ「それより、とのさんはワクチン予約できたの」「横浜は高齢者が92万人、後期高齢者だけで47万人。電話なんて繋がる訳ないじゃん。ダメダメ。先週(10日)で懲りたよ」。手を振りながら「親爺は?」「ふん。役得かどうか知らんが首長やらが理由を付けて接種してるのを見てると胸糞悪く、浅ましい限り。あんな仲間に入りたくないし、イザとなったら吉野が『ネットで取ります』と言ってくれてるし。な、吉野!」「はい。喜んで」。相変わらずニコニコしている。親爺が全てを譲る気持ちは理解できる。
この調子ではオークスやダービー予想に辿り着くには時間がかかりそうだ。
源田威一郎
GENDA ICHIRO
大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。