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競馬コラム

心地好い居酒屋

2021年06月09日(水)更新

心地好い居酒屋:第105話

「どうだい?変わりないかい?」「まぁ何とか。どうした?親爺も元気そうじゃん」


緊急事態宣言延長中の7日の月曜日に親爺から電話が掛かってきた。「いやね。とのさんの処方箋はまだ先というのは分かってはいるけど……」「それで」「例によって横ちゃんが先週の反省会と今週の検討を兼ねて遊びに来るんだが『遠野さんのご出席は、やはり解除後の21日ですかねぇ』なんて、勿体付けるような今日の来店をおねだりするような言い方でな。ま、聞いて貰いたいことがあるみたいだし気が向いたら顔を出してくれないかな。喜ぶと思うんだ」


「親爺の忖度ってところか。いいよ。俺も籠もりっぱなしでの一人酒に飽き飽きしてたことだし、請われる内が花、喜んで築地の“家飲み”に参加させてもらうよ」


電車の中で「ザッツ」に目を通す。競馬面は“可もなし不可も無し”。ルメールの斜行はお構いなし。川田とダノンキングリーを褒め称えている。<そうかぁ。会わないうちに『オークス』『ダービー』『安田記念』とGⅠ3つが終わったんだ。確かに報告したいことはあるのだろう。少しは自慢話にも耳を傾けよう>。思わず微笑んでいた。


平成通りでタクシーを降りたのが5時前。路地をユックリ歩きながら左右に目を遣る。飲食店はほとんど閉まっていて、インテリジェンスビルも出入りはなく、すれ違ったのは割烹着を着たオバちゃんのみ。恐らく近くの八百屋にでも買い物に行っての帰りだろう。


テッキリ親爺は「頑鉄」前の縁台で煙草を吹かしながら待っていると思っていたら、あれれ?居ない。玄関を開けると「有り難うございます」と。席で立ち上がり横山が丁寧に頭を下げた。「随分早いなぁ」。これじゃあ親爺も縁台に座ってないのも当然か。


遠野が指定席に腰を下ろすと親爺がお絞りを手渡しながら「らっしゃい」。嬉しそうだ。早速、テーブルの麦茶を片付け「洗心」とグラスを用意し、「とりあえず」ってことでアサリの佃煮と胡瓜と茄子のぬか漬けを持ってきた。


「で、どうだった?この3週は」。「洗心」を飲みながら訊いた。横山はウズウズしていたらしく「はい。『オークス』は亡くなった岡田さんの“ラフィアン”応援の意味も込めてユーバーレーベンから入り3連複は<金子オーナーのチャンスあり>でユーバーとソダシ、ユーバーとアカイトリノムスメの2頭軸で流して10万馬券をゲットしました」


「でも、よくハギノピリナを買えたなぁ」。感心しながら言いアサリを摘まみ、親爺が満たしてくれた酒を口に運ぶ。「ふぅ~。やっぱ、こうして喜びの話を聞きがらの肴と『洗心』は格別旨い」


「ほら、かなり前に遠野さんから“ハギノ”の馬主さん(日隈広吉氏)は親分肌で情が深い方だったと窺ってましたし、気になっていたんですよね。馬自身の能力もそんなに差はないし」「なるほど。ピリナの馬主は嫁に行って“安岡”に変わったが、もう一人のお嬢さんも“ハギノ”で走らせているし、親の意志を継いでいるのだから偉い」


「へへっ。俺も100円だけ乗っけて貰ったんだ」。親爺が横から、じゃなく斜め前から口を挟む。


「良かった良かった。今日は飲むぞ。親爺、『洗心』はまだあるか」「当ったり前だよ。無かったらとのさんに声を掛けられんよ」「すんません。失礼しました」。遠野が頭を下げたもんだから、さらに場が和んだ。


「じゃあ、次は『ダービー』を語って貰おうか。“ノーザン祭り”でも儲かったの?」


「いや、『ダービー』はあまり気がなかったので馬券は少なめで取りがみ。でも収穫はありました。ルメ-ルとサトノレイナスです。『桜花賞』の後は『ダービー』を選択しましたが、その理由の一つにレース間隔もあったんじゃないかと。ルメールがビッシリ追った後の疲労は半端ない、だから1週延ばした、と。この間、お話した時<取材不足>とお叱りを受けたクイーンズキトゥンですが、実は『オークス』の週に横山武で出ていて、これが当然の1番人気。結果は見せ場なしの⑥着。5週以上空けてこれですから…。そんなこんなで『ダービー』のレイナスは切ったんです」。遠野のお願い通り、しっかり“語った”。


「昨日の『安田記念』はどう見たの」。遠野が聞くと「これが凄いんだ。あの…」「親爺に聞いてない」と言って指を立て「シー」と親爺の言葉を遮り「グランアレグリアの前走は4馬身の圧勝。目いっぱい追ってなかったぞ」。冷やかし気味に問いかけ新しい酒を一飲みした。


「正直、悩みました。でも中2週での断然人気がどうも…。それより注目したのがダノンキングリー。<どうして川田はプレミアムじゃなくテン乗りのキングリーなのか>と。単勝と馬単を買う気になったのはなんですかねぇ。勘か閃きか生産者を調べて行く内に『三嶋牧場』に行き当たって。2年前の弥生賞では三嶋牧場のメイショウテンゲンに助けられたことを思い出して」。頭をかきかき「マグレ当たりですかねぇ」と首を捻った。


「勝負には勘と閃きは必須。年を取ると麻雀では引きが弱くなり、勘や閃きも衰えてね。マグレ当たり上等!それもこれもルメールに関心を持ち、調べたからこその賜。基礎や記憶が無けりゃマグレでも当たんないから。立派立派。来た甲斐があったよ」


「恐縮です。尊敬する遠野さんに太鼓判を押して頂いて光栄です」と言って頭を下げた。「おいおい勘弁してくれよ。なぁ親爺」「いやいや、横ちゃんは本気だぞ」と親爺。


「ところで体調はいかがですか。ワクチンは接種されました?」「いや。順番待ち。早く打つに越したことはないが菅の野郎が、てめぇの失態を反省もせず強引に推し進めて、“俺が用意してやったぞ”を見てるとどうもなぁ。命と安全を守るんじゃなく、オリパラのためだろ」


「“渇しても盗泉は飲まず”ですか。ダメですよ。まだまだ元気でいてくれないと困ります」「ありがとう。でもそれを言うなら“渇しても盗泉の水は飲まず”。盗んできた水じゃなく盗泉という場所があるみたいでね。孔子はその名前が嫌だっただけらしいぞ」。遠野が返すと「畏れ入ります」。横山が詫び入るように言った時、新しい4合瓶と鰆の粕漬けが届いた。


“家飲み”に時間制限はない。札幌競馬も始まるし、さてこの後どうなるやら。


源田威一郎

GENDA ICHIRO

大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。

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