暑い-。熱い-。暑い…。週明けの月曜日19日、遠野は堪らず掛かりつけのクリニックに電話、事情を話し、薬の名前と保険証のコピーをファックスした後、親爺に連絡した。午前の11時頃だ。
「ごめん。勘弁して。今日は休むわ」
実は、昨日のうちに予約<明日は病院に処方箋を貰いに行く積もりだから、帰りに寄るよ。ぼつぼつ親爺の顔を見て『洗心』を飲みたくなったしな>と。親爺も<大歓迎。店は例によって休みで大した料理は出せんけど酒は売るほどあるし“家飲み”なら文句は言わせんから。横ちゃん喜ぶぞ>。そんな会話があったのだ。
「なぁ~んも。それがいい。この暑さじゃ横浜駅に着くまでにぶっ倒れちゃうかも。まだ買い出しにも行ってねぇし気ぃ使わないでゆっくりしてよ。それより薬は保つの?」
「そっちは大丈夫。さっき電話して処方箋の郵送をお願いしたから」「へぇ~。さすがとのさん。顔だねぇ」「いやいやクリニックは大病院と違って小回りが利くし医者も俺の病気と体調は知悉してるじゃん。電話での問診を済ませた後『お大事に。無理しないで』と言ってくれてね。そうだ!今の親爺みたいに労ってくれたよ。ありがとな」
喋りながら<自分は恵まれてるな>と感じつつ「親爺も横山君との会話が増えたみたいだな“いかったいかった”」と。「ん……」「いきなり北海道弁の“なぁ~んも”だもん。横ちゃんとの馬券検討会が増えた証拠だよ」「へへっ。そうかぁ。それで“いかった(良かった)”だったのか。とのさんには叶わんなぁ」
笑いながら頭をかく様子が目に浮かぶ。
「ところで打ったの」と親爺。「ああ、先々週に1回目を。親父も済ませたんだろ?こないだ話してたじゃん」「ちゃうちゃう。ワクチンじゃなく大谷だよ大谷。観てたんだろテレビ」
「ブフッ」。遠野は飲みかけていた水を吹き出しそうになった。
「いやぁそれがな」「なんだぁ。今日は観てないのか」。普段<大谷の試合を含めメジャー観戦が楽しみ>と洩らしていただけに親爺も拍子抜けの語り口だ。
「最後まで聞けよ。あのなオリンピックを盛り上げさせる積もりだろうが放映はなし。その時間帯のBSは全日本体操選手権、それも再放送ってんだからアッタマ来るよ」
「えっ。じゃあ日曜日の花巻東対決(菊池VS大谷)は?俺ですら興味を持っていたくらいだから楽しみにしていたファンは多いと思うぞ」「昨日もなし!その日はオリンピック直前SPとかのタイトルで、これまた再放送だ。普通の受信料はもちろん高けぇBS代を、泣きながらも一括の引き落としで払っているのはすべてメジャーのため。ふざけているよNHKは」
「そうだなぁ。ライブのオリンピック競技ならともかくメジャーを無視して再放送とはなぁ」と言った後「ふぅ~」と。どうやら親爺、煙草を喫ってるようだ。遠野は携帯を手に立ち上がり冷蔵庫から氷を取り、カップの中に落とし水を注いだ。
「今よぅ、スポーツ紙を読んでたんだがカス内閣の支持率が落ち、大手全メディアの世論調査で不支持率が上回ったらしいな。読売が37%の53%ってのもビックリだがNHKが33の46%とはね。もっとも俺にすればよく30%以上も支持があるってのが不思議だけど」
親爺も競馬がない月~金は暇らしく昔より新聞読んだりテレビを観る時間が増えたらしい。
「“皆さんのNHK”じゃなく“官邸様のNHK”の放送内容をもってして、この数字だからなぁ。今回の、メジャーよりオリンピック関連の再放送を優先したのも官邸様の意向を忖度してたり……。なんてね」
「もしかしたら菅は野球嫌い、野球音痴かもな。で、まぁ一言『大リーグのどこが面白いのかねぇ。空手や東洋の魔女の方が感動するんじゃないでしょうか?』とか呟いたら、早速、奸臣どもが忖度を強制。結果メジャー中継はボツてなことになったのかな」
「それは面白い発想だな。でも忖度を強制というのは言葉としてはおかしい。人の立場や心を慮って行動するから忖度だし」
「違ぇねぇ。でも今の政権や世の中おかしいことだらけで…」。またもや、電話の向こうで「ふぅ~」の音が聞こえた。親爺のように煙草が喫えたら心が落ち着くかもしれないのに、ふと思った。
「おかしいといえばハテナの黒岩も然りだな。東京に緊急事態宣言出た後、千葉と埼玉は飲酒制限をしてたのに、神奈川は“マスク飲食実施店”に限り4人90分まで酒OKなんて、認証を求めさせ規制はユルユル。感染者が400人、500人に増えると『これは緊急事態です。まさに緊張感を保って対処して頂きたい』なんてほざき16日には『神奈川版・緊急事態宣言を発出します』と」
「うん。見た見た。首を傾げてなんかプラカードみたいなもんを掲げていたなぁ。それでいて22日からだろ。笑い事じゃないけど笑える。政治家も地に墜ちたもんだ。横浜の市長選もグチャグチャ様相だし、神奈川県民、横浜市民も苦労するなぁ」
「菅の“自助・共助・公助”を実感せざるを得ない。あいつの“国民の生活と命を守る”の方は嘘っパチてこと」
「とのさんが言ってた 佐渡へ佐渡へ~ じゃなく、江戸へ江戸へとメデイアもなびくでマスコミも当てにならんし、自分の身は自分で守らんと。今からはコロナだけじゃなく暑さにも気をつけんと。今日の休みは正解だよ」
「有り難う。オリンピックもコロナばかりが注目されているが、東京に決まった時は熱中症対策が問題だったはず。この暑さでどうなることやら。オリンピックだけは最後までやり通し、パラリンピックが“命を守るため”なんちゃらで中止にならないよう祈るしかないな。親爺も気を付けて。吉野君や横ちゃんによろしく。メジャー放送もなさそうだし落ち着くまで籠もって馬券に集中するよ」。遠野が大人しく応じた。
「そうそう。馬は今週から佐渡へ佐渡へ~で新潟だろ。横ちゃんが年寄りを気にしてか『馬だけではなく、人(騎手)も酷暑の中で頑張れるかどうかを見極めないといけませんね』とか言ってデータ集めをするらしいぞ」
源田威一郎
GENDA ICHIRO
大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。