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競馬コラム

心地好い居酒屋

2021年12月22日(水)更新

心地好い居酒屋:第112話

「いやぁ~。それにしても元気そうで良かった。まずは一安心だな」。肩の荷が下りたような表情で親爺が言い、徳利を持ち上げ遠野に酒を促す。「うん。もっとも、『完庶処』も京子ちゃんも一段落ち着いた、というか、それなりのメドも立ったから顔を見せる気にもなったのだろ。まさか愚痴や泣き言のために来るような子じゃあるまいし」。遠野が応えて猪口の酒を呷った。


「確かに。やはり、同じ酒を飲み、肴を食ったとしても、ああいう若くて綺麗で頭のいい子と一緒だと旨くて楽しいよな。とのさんの顔も綻びっ放しだったし……」「フフっ。最近はマスク美人ばかりだったが、久々に本物のスッキリ美人を拝ませて貰ったんだからな」


「今日は寒いですね」と言いつつも冷やの「洗心」を飲み、細切りの胡瓜を挟んだ唐墨に舌鼓を打つ美女二人――。思い起こすと頬も緩む。


暮れも押し迫った12月20日の夕刻。「頑鉄」の座敷は親爺と遠野の二人っきり。ここに横山が居れば武豊の「朝日杯」初勝ちの話題になるのだろうが、今は先週金曜日(17日)の飲み会を振り返り、心を弾ませている。年寄りは昔のことは覚えていても、最近の出来事は忘れやすいというが、美女二人との席だけは鮮明に思い出すってんだから年寄りの健忘症ってのもいい加減ではある。


「そうそう、京子ちゃん所の社長が今の政治家を『<百年河清を俟つ>みたいなもんか』と嘆いていたそうだが、あれだけの店を構えているオーナーにすれば腸が煮えくり返ってると思うぞ」。小さいながらも親爺も一応はオーナー。思いは一緒だ。


あの日は阿部秘書の話に耳を傾けながら「親子して税金で生活をし続け、それでも『雇用調整助成金』を申請、のうのうと当たり前のように受け取っていたんだから伸晃なんて不埒な野郎よ」と同調、アベゾーとカス内閣が終わり岸田に替ったが、その岸田が落選した伸晃を内閣参与に抜擢したってんだから狂ってる。有村社長が怒り、嘆くのも無理はない。


飲み会の締めは「千寿」の熱燗と鰤シャブとなったのだが、飲むと食が細くなった遠野は二切れだけ摘まみ、阿部秘書から酌を数回受けた後「そうそう。チャンスがあれば社長に伝えて」と言い「<政治家に徳目を求めるのは八百屋で肴をくれと言うのに等しい>てね。警視総監→参議院議員→法務大臣(秦野章)までやった男の口から出たという所がミソかな。恐らく知ってはいると思うが…」と。


帰りはタクシー。羨ましそうな親爺を尻目にお嬢二人も同乗、北品川で梶谷を降ろした後は大森まで阿部秘書と二人きり。<今度はいつ会えるかなぁ>とか<是非、社長と会ってやって下さい>なんて他愛ない会話ながらも降りる直前に「有り難うございました。まだまだ元気で居て下さい。私もまた働けます」と。“また”か“まだ”か定かではないが涙声になっていたのはやはり……。<元気を貰った>と言いたかったのか。なら光栄だが…。


少々感傷気味に、そして親爺がお代わりを取りに行き、一人、思いに耽っているところに静寂を破って玄関が開き「今晩は。お久し振りです」の声と共に横山が入ってきた。


「おっ。寒いだろ。お疲れさま」「5時前というのに真っ暗。冷えてきました」と言い、チョイ間を空け横に座った。タイミング良く親爺が熱燗のお代わりと当てを持ってきた。「らっしゃい」「お邪魔します」。そんな遣り取りが終わるや否や「武さん、とうとう勝ちましたね」と。嬉しそうだ。親爺と遠野は思わず顔を見合わせ、互いに苦笑いで頷くしかない。


「残るは28日の『ホープフルS』だけ。ここを勝てば24あるGⅠを全制覇。後世にも燦然と輝く大記録を達成して欲しいものです」。興奮気味に喋ってから「あ、失礼しました」と頭を下げ猪口を持ち親爺の酌を受けた。


「昨日は強かったけど『ホープフルS』では何に乗るの?」「アスクワイルドモアです。函館のデビュー戦から武さんが乗り続けて②②①②着。前走の②着は『札幌2歳S』ですから、満更“脈なし”とは言い切れません」「ふ~ん。<信じる者は救われる>か。覚えておくよ。とはいえ、八大レースに加えて味噌も糞も一緒くたにしてGⅠGⅠと煽り立てるのが気にいらなくてね、俺としては。第一『ホープフルS』なんて昇格したばっかり。次から次とGⅠを創設すれば豊ちゃんの全制覇は結局は無理になるんじゃない?ま、チャンスを活かして勝つに越したことはないけどね」。一気に言って手酌で満たした酒を飲み、蛸と葱のヌタに箸を着けた。「旨い!これはいける!」


「明石の蛸とは言わんが葱は深谷。酢味噌のデキもいいだろ」「吉野君がこれだけ目利きで味付けも文句なし。横ちゃんという参謀も控えているし、親爺も安心して競馬に没頭できる訳だ」。横山は照れた様子で佃煮のちりめん山椒を口に入れた。


「へへっ。お陰で楽させて貰ってるよ。ところで、とのさんの『有馬記念』は?」と親爺が訊く。「俺?参考になるかなぁ。バカの一つ覚えで悪いが時計のかかる馬場、まして道悪ならバゴ産駒2頭で良ならエフフォーリアの軸は堅そう。穴ならパンサラッサてとこかな。菱田って乗り役は個人的には知らんが、結構思い切った競馬をしてるし、万一、弟・武史から引き継いだ兄・和生のタイトルホルダーが色気十分で押さえるようならひょっとするかも」


遠野が言うと横山が慌てて「競馬ブック」を取りだし「う~ん。なるほど」。首を捻った。「ほら!横ちゃんも“そんな馬出てました?”みたいな顔してんだろ。兄貴さえ控えてくれれば、他のジョッキーも菱田は無視だろ多分。それに…」「何だよ」「いやいや、能力じゃなく生産者の話。毎度毎度1~3着がノーザンじゃあ面白くも何ともないしな」。呟いた時にカレイの煮付けが届いた。「もしかしてババカレイ?」。遠野が親爺の顔を見ると鷹揚に頷き「分かってくれると吉野もカレイも喜ぶよ」


競馬の話は終わったとばかりにカレイの身を毟っていると親爺がハタと膝を打った。「そういやぁもう30年になるか。障害帰りってことで全く人気がなかったメジロパーマーが逃げ切ったこともあったなぁ」「2着がレガシーワールドで馬連3・6は3万ぐらいついたんじゃないか」。箸を休めて遠野が付け加える。横山は<生まれてません>てな顔でスマホを弄り始めた。どうやら検索するようだ。


やはり年寄りは昔の事は良く覚えている。


源田威一郎

GENDA ICHIRO

大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。

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