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競馬コラム

心地好い居酒屋

2022年05月04日(水)更新

心地好い居酒屋:第117話

連休の谷間となった2日の月曜日。本来なら夕刊紙は発売日なのだが、全紙揃っての休刊。まぁ4月29日の祝日に発行したから、その振り替えと考えれば仕方ないといえば仕方ないのだが、メディアが部署により5~10連休とは驚き桃の木だ。それも“談合”で。 「これじゃあ“月極め宅配”なんて増えるはずがない。それでなくとも少ないってのに」


「でもよぉ~。休みのおかげで、おまさちゃんが顔を出すってんだから良かったじゃん」。さすが人間のできた親爺、何事も考えようだと遠野を諭す。畏れ入りますだ。


確かにその通りで、連休前に井尻と二人して来店した、おまさちゃんこと梶谷の「人が出て、お金も高く、まだまだコロナの心配もある時にわざわざ遠出をすることもないでしょ。そうだ!暫くお会いしてないし月曜日に遠野さん来てくれないかなぁ。おじさん、遠野さん次第では店も開けてくれるんでしょ」「そうだな。休んでもやることないし、とのさんがOKなら」。そんな遣り取りがあっての飲み会と相成った。


最近とみに出不精、動くのが苦しく億劫になった遠野だが、年寄りは決めたら早い。しかも会うのは梶谷だ。なんと約束の約一時間前、4時には到着した。それでも親爺は“今や遅し”とばかりに縁台で煙草をくゆらせていた。「ハハッ。そろそろと思ってたよ。横ちゃんはもちろん“知ったかさん”も来るみたいだよ」「井尻の奴、折角の休みなのに、こんな時ぐらいカミさんと旅行に行けばいいのに」「いやいや、奥さん(看護師)は病院の方が忙しいらしくてな。世の中浮かれ始めちゃいるが、現場の実情は大変らしいぞ」。親爺、煙草を消し眉を顰める。「自治体は“国に従え”で出来るだけ数を減らして発表しているかも知れん。ハテナ?の黒岩(神奈川県)なんて自己申告で自宅療養する人間に罹患証明はするが、その分は人数に入れないってんだから面妖な話よ」と遠野が応じたところで「中に入ろう」と。


この日は当然ながら“密”とはほど遠い貸し切り。遠野が指定席に座る。親爺はそそくさと、とりあえずの摘まみと「洗心」とグラスを持ってきて斜め前に腰を降ろし「どうぞ」と四合瓶を持ち上げた。と同時にドアが開いた。梶谷だ。


「やっぱりね」とニッコリ。遠野が早いのを予想してたようだ。続けて「お久し振りです。<きむちんどん>じゃないけどワクワクして今日を待ってました」「こちらこそ。それにしても、おまさちゃんも早い。嬉しいねぇ」と言い隣を指さしたが「私はこちらで」と親爺の座っていた場所に腰を落ち着けた。「たまには遠野さんのお顔を眺めながら“差しつ差されつ”もいいかな」。遠野の顔を見上げながら舌先をチロリ。マスクなし全面美人の可愛い仕種が見られただけで幸せかも。


親爺が摘まみの乾き物とは別に付きだしを運んできた。ホタルイカの酢味噌和えと牛肉のしぐれ煮だ。遠野が梶谷のグラスを満たすと、梶谷は遠野と親爺に酌をし、3人で声を出し「乾杯」と。今回は形だけじゃなく飲める健康と再会を祝してのものだ。一口、二口と飲んだ後「おいしいなぁ」と梶谷。無邪気な笑顔が微笑ましい。そんな梶谷が怒りの発言をしたのは、しぐれ煮を食べた後だ。


「お肉で思い出したけど“吉牛”には本当に頭にきたわ。<田舎から出てきて右も左も分からない生娘をシャブ漬けにするようなもの><男に高い店で奢られるようになると牛丼屋にはこない>…。なんて。バカにするにも程があるわ。私も阿部さんも忙しい時はたま~に行ってたけど、冗談じゃない。店員達も女性客をそんな馬鹿にした目で見てたってことでしょ。でね、この間も阿部さんや銀行仲間の人達と<二度と行かない>という話になって。高い安いの問題でもないし…。そうでしょ」。梶谷の怒りの長口舌は珍しい。 「ふざけた野郎よ。“吉牛”は伊藤って役員個人の問題にしたみたいだが、伊藤の戦略で売り上げを伸したらしいし、上層部の体質だと思うぞ」と応え、遠野もしぐれ煮を口に入れた。


「だけどよぉ~。俺が言うのも烏滸がましいが、テレビも情けねぇ。すべて個人の問題にして吉野家そのものについての糾弾はなかったもんなぁ。その辺の店長じゃなく常務ともあろうものが有料の講演で喋ったってんだから会社も非難されてしかるべき。やっぱ、あれだな。広告欲しさに自重、忖度したに違えねぇ」。親爺の読みは鋭い。確かに最近のメディアは権力と広告のクライアントには甘い。いや阿(おもね)る。


「ただね、おまさちゃん。今はいかにして女性客を取り込むかが商売繁盛の基本であることは間違いないから」「それは重々分かってます。問題は取り込み方です」「はい。釈迦に説法。失礼しました」。遠野が頭を下げ、梶谷のグラスに酒を注ぐと、ニコッとして一飲み。またまた「おいしいなぁ」と。機嫌が直ったようだ。


井尻と横山が連れ立って入ってきたのはその時だ。「遅くなりました。どうやら一雨きそうですよ。雲行きが怪しくなりました」と言いながら隣のテーブルに座った。親爺が瓶ビールを持ってくると井尻だけじゃなく横山にも注いだ。どうやら横山はじっくり飲む構えだ。


再度の乾杯が済むと「楽しそうでしたが、何の話を」と横山。「うん。何事でも女性客を増やすのが繁盛の鉄則だが“吉牛”の戦略はけしからんと。おまさちゃん、マジに怒ってたんだから…。その点でいえば昭和50年代後半の競馬会の内村理事長は素晴らしかったな。今の競馬の隆盛に大いに貢献したと思うぞ」「僕、生まれてませんが、遠野さんはご存じなんですか」。横山が身を乗り出してきた。


「独占取材をしてな。確か当時の大見出しは“還暦の再婚”。お相手は女医さんだったかな。ま、それはともかく『これからは女性を大切にしなければ発展しません。女性が興味を持ち、競馬場に足を運んでいただく。その方針で改革を進めます』と。その後、改築した競馬場やウインズはいかにも女性好み。特にトイレは清潔感に溢れていて。いや、俺は入ったことはないけど」。苦笑いしながらホタルを摘まんだ。


「へぇ~。いいなぁ。そんな立派な人と会えて。今の理事長はどうなんですか?」「後藤さんは全く知らん。売り上げが伸びてるから、まぁ合格じゃないの。ただ、あまり長期政権になるのどうかだが…。俺が現役なら書きたいことは結構あるけどな。尤も今のご時勢GⅠごとにカラー全面広告を貰ってると批判は難しいか」。と、すかさず「“吉牛”みたいじゃん」と梶谷。横山は呆気に取られ目をパチクリ。今日は天候同様、荒れるかも。


源田威一郎

GENDA ICHIRO

大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。

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