「デアリングタクトがもう一踏ん張りしてくれれば馬連も取れたんだがなぁ」。勝ったタイトルホルダーと2頭軸の3連複を買っていた親爺がボヤく。むろんヒシイグアスも入っていて⑥⑦⑩の5150円をゲットしたにも拘わらずだ。欲にはキリがない。遠野は“ケッ”てな顔で「男山」を飲んでいる。先日、横山のお爺さんが送ってきた一升瓶4本は空いたが4合瓶が、まだ残っているようだ。
「そうだよなぁ。とのさんはだいたいが3連複なのに一昨年の『ジャパンC』で牡牝の三冠馬を①②着固定の3連単を買って以来、今回のデアリングとタイトルホルダーに限っては3連単だもんなぁ」「悪いか」。不機嫌そうに、自分で剝いて集めた枝豆を口に放り込む。遠野には思い入れがある。このご時世、ノーザンや社台と関係なく、そして外国人ジョッキーに頼らず三冠を達成したことが素晴らしいのだ。感激的なのである。バカバカしいかも知れんが。
「ま、コントレイルも引退したことだし、今後もデアリングタクトだけは頭買いに徹するさ。親爺はマカヒキだろ」「頭とは言わんが今回だって出てりゃ買ってるところだが…」。苦笑いしながら遠野のグラスを満たす。すかさず「『札幌記念』を使うんじゃないですか」。何やら動かしていた横山が手を休めて応えた。親爺にすれば、もはや損得抜き、マカヒキこそが最後の思い入れ馬なのだ。「そういやぁ今年は清水さんの7回忌。俺は参加できないけど、当日は遺影と東スポの記事(マカヒキ本命)を前にお参りするよ」
「これで春開催は終わり。ローカル夏競馬に移行するわけだが、昨日もえらく人が入ってたし、観光客も増えてくるんだろ。本当に大丈夫かいな」と話題を変えた親爺。「この間来た頃は感染者も1万人を割る日が多かったけど、ここんとこ前週の同じ曜日で見ても増加傾向にあるからなぁ。油断はできん」。遠野が言った時「この位でいいですかねぇ」。横山が丼を親爺に見せる。
「どれどれ」と言いながら混ぜ箸ごと受け取り、中身を摘まんで持ち上げた。「うん、いい粘りだ。これは元気が出るぞ」。見ると摺った自然薯、納豆にオクラがほどよく混ぜ合わさっている。それをスプーンで掬い上げ、それぞれの小鉢に分け与えた。
「こりゃあいい。横ちゃんお疲れ。これだけヌルっとしてたら俺は箸では摘まめん。スプーン頂戴」と。「こういう粘り物はスタミナ食で暑さ対策にピッタシなんですよね。祖父母が言ってました」「食い物はいいけど、政治家の粘りってのはどうかねぇ。汚職紛いの仲介をした遠山ってのは組織のみで受かったヤツだから辞めざるを得なかったのだが、あの、ほれ静岡の…」「吉川か」「そうそう。あんなのずっと比例で拾われた男だろ。離党するより辞職だろ!」「普通に考えりゃあ今月の晦日に300万ほどのボーナスを貰い、4、5日経って投票日前に辞職だろ」。遠野は料理名のついてない粘り物を掬いながら言った。
「そんなミエミエの子供だましが通用するかぁ」と親爺。「通用してきたから今の体制があるんだ。もっとも立憲を筆頭に野党がだらしない事は確か。ったく、どいつもこいつも…」「とのさんが怒っても仕方ないけど“乞食と政治家は三日やったら辞められない”てのは本当だな。衆議院から参議院に、国会から知事へ、徳州会の猪瀬みたいに知事から国会へ…。それぞれ役割は違うはずなのに平気の平左だもん」「そんなのに投票する奴が多いからこうなる」。
爺い二人の遣り取りを聞いていた横山が言った。「本当に投票したい人なんて居ませんよね、実際」「至言だな。でも棄権はダメ。不毛の選択には違いないが、減点の少ない奴を選ぶしかない。知事と市長が揃って会見。『イソジンで嗽(うがい)してコロナ予防を』なんて宣う“維そ新の会”が伸びそうなんて予想もあるが、大阪は死者が5100人超。数も率も全国一ってんだから世話ねぇよ。国会の場では幹事長たる馬場が堂々と『喧々諤々の議論を』と。その程度の党はちょっとな」「ですよね。喧々じゃあ騒がしいだけで纏まらないでしょ」。横山が合いの手を入れると「現に国会なんて“侃々”じゃなく馬場の言った通りの展開、“喧々”は正直な発言だろ」と親爺。さすが年の功だ。
もともと酒席では選挙と宗教の話はしないのだが、<信なくば立たず>を標榜していた安倍晋三ことアベゾー(晋なし)が、森友や加計に桜スキャンダルから逃げ回るようになってからは政治が酒の肴に加わった。今日の肴は鯒(こち)、鮪にイカ刺し。焼きは鰆の西京漬だが…。
「アベゾーは“困った時の北朝鮮”で危機を煽りに煽って選挙に勝ってきたが、岸田は“軍備のためのウクライナ”で余裕タップリ。もう勝った後の政策や立ち位置を模索してるんだから、国民も舐められたもんだ」。親爺がボヤき、残った酒を一気に飲み干した。すかさず横山が注ぎ足す。競馬が取り持つ縁で、いいコンビが出来上がっている。
「親爺の言う通りだ。G7やらNATOにも顔を出し、防衛費の増額を約束をしてくる積もりなんだろ。アイツが総理になった直後に(仁義なき戦いの)山守みたいな狡猾な悪だな、という話になったが…。そうだな鉄ちゃん(松方弘樹=坂井鉄也)風に言えば<親っさん。腹を空かしちょったら喧嘩はできんので!>になるかな。この物価高で給食の質量が落ち、食うに困る貧困家庭が増えているのに防衛費は10兆円を目指すなんて…。世論調査ではそれを半分以上の国民が容認してるってんだから狂ってる。まずは未来を背負う子供達の教育と腹を満たしてやらんと」
「いやいや。国はもとよりテレビや新聞がタレ流している数字はアテにならん。そう言ったのはとのさんだよ」「確かにそうだが、その数字に惑わされてるのが実情。数こそ正義なのかねぇ。少者は悪か…」。不満そうに酒を飲み、鯒を摘まんだ。
「とのさんらしくねぇな。会社でもとのさんは少数派でブイブイ言わせて生きてきたんだろ。何を今さらだよ」「俺は派じゃなく一人なの!」「へへっ。そうだよ。やっととのさんに戻ったよ」と言って立ち上がり新しい4合瓶を取りに行った。
「昨日のエフフォーリアで今年のGⅠは一番人気が11連敗。実績があるから人気になるのでしょうが、それ以上に人気馬を買っておけば安心という心理の方が強いのかも知れませんね」とは横山。一番人気うんぬんはともかく昨日のデアリングタクトは完敗。とはいえ<前走は⑥着。よくぞ③着まで>が本心。親爺と横山の2頭軸の3連複は偉い。
源田威一郎
GENDA ICHIRO
大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。