「“学生さんよ~。可愛がってる奴に金はやっても、そいつがバカなら武器と権力を持たせちゃいかんぞ。持つと使いたくなるのが人情。これほど世の中にとって危険なことはないから”――。か」
「なんだなんだ急に」と親爺が驚く。
早めの「頑鉄」到着で、店に居るのは仕込みの準備に余念のない吉野と年寄り二人の3人のみ。焙じ茶を啜り沢庵と胡瓜の塩漬けを交互にポリポリ噛みながら四方山話を続けている時にフト遠野が口にしたのだ。
「いやな。俺がまだ学生だったころ『学生さん学生さん』と言って可愛がってくれたあるテキ屋の親分さんが居て…。『めでたく法曹界に入るかお上の仲間入りするか、普通にサラリーマンになって出世するのか分からんが、どの業界に身を置こうがこれだけは覚えていてくれよ。なんならウチに来てもいいぞ』と。もちろん最後の一言は冗談だがな。当時、チョッピリ信頼していた人で、<やはり上に立つ人は違う。組織で苦労してるんだなぁ>と感心したもんだが、半世紀以上たって今の世情を思うと、親分の言葉が身に染みて」
「バカに武器と権力は与えるな、か。なるほど。至言だな。それに比べると今の権力者なんてロクなもんじゃねぇ。なんだ、あの岸田って野郎は。もともと山守(仁義なき戦いの金子信雄)みたいなへなちょこのヘタレとは感じちゃいたが、権力を握った途端の専横ぶり。一週間で決めた国葬にしたって反省のハの字もなく、コロナは無為無策で自然治癒を待つばかり。今度は防衛費の増額と増税宣言。あんなのに武器を持たせちゃいかんだろ」
親爺も乗ってきた。
「上は総理から下は『ザッツ』の甘方までってとこか。あいつも人事権をいくらか行使できるらしいしな」「あ、そうそう。その甘方と、なんだっけ…あの、ほら横ちゃんの本命を貶して恥をかいた奴」「金山?それがどうした」「そう金山。経費を巡って一悶着あり、甘方から『大阪で働くか』と転勤させられそうになっただろ。周りは“早く行け”ムードだったのに、直後にコロナ蔓延。いつの間にか転勤の話は消えたって。もともと悪いのは自分の伝票を切らせた甘方だっただけにコロナ禍を奇貨として裏で手打ちしたらしいぞ」
「ザッツ」事情は遠野が現役の時より今の親爺の方が詳しいようだ。「ふ~ん。悪運の強い奴らだな。もう3年近いのか。部数はガタ減りというのに内部の権力争いに精を出してりゃ世話ねぇや」
「それにしても大阪は酷ぇなぁ。とのさんが危惧してたようにやはり“維ソ新の会”だな。大阪は死者が多いってことで俺も注意して新聞も読んで注視してたんだが、知事の吉村は盆前の会見で『経験上、収束に向かっていくと推測している。しばらく横ばいが続くかも知れないが、その後は減少する可能性が高い』と公言。したり顔だったが当時の感染者は156万8000人余で死者は5558人。4ヶ月後の12月10日は234万9000人余で死者は6832人。
死者は1300人近く増えてるんだぜ。いくら重症率致死率は低いといっても分母が大きければ死者も増えるんだ。人口の多い東京でさえ……」急に口籠もり手帳を取りだした。「365万人の6370人。いかに大阪の医療行政と体制がいい加減かが分かる」と怒り「覚えきれない時は記事を切り取ってるんだ」と照れ笑い。
親爺の記憶力と事実に向かう執念には畏れ入る。「だから楢山節考の姥捨て政策なんだよ。大阪だけじゃなく国もな。岸田が『出産手当を大幅に上げます』とバラ撒き宣言をしたが、財源を問われると『高齢者の保険料を上げる』と。俺も含め誰も人に大迷惑をかけてまで長生きしょうとは望んじゃねぇよ。権力を持ったお上がそこまで言うのなら、せめて“安楽死法案”を作って欲しいよ。お為ごかしの“敬老敬老”なんて。けろけろカエルじゃねぇてんだ」
「その通り!」。親爺が膝を打ち「ボツボツ始めるか。今日はいい唐墨があるからな」と自慢し板場に向かった。タイミングよくドアが開き「今晩は」の声とともに横山が入ってきた。「寒くなりました。一雨きそうですよ」と言い一人分の席を空け遠野と横並びに腰を下ろした。親爺がお絞りを渡しながら「横ちゃんも熱燗でいいな!」「はい。遠野さんとご一緒できれば何でも」。ニコニコしている。親爺は納得して2合徳利2本を盆に載せて戻ってきて、そのまま座り込んだ。お通しは牛肉のしぐれ煮とさつま揚げ。沢庵と胡瓜の漬け物も残っている。
「おまさちゃんも追っつけ来るだろうし、刺し身と唐墨は来てからにしよう」。遠野はうんうんと頷くだけだが横山は間髪入れず「そうしましょう」。よほど怖いようだ。役員の室長も一目も二目も置くほどで“畏怖”ってやつだ。
「行動制限なし、でコロナ感染者が増加したが、乗り役の行動制限なしには困ったもんだな。C・デムーロは執行猶予期間中にまたまたやっちまうし、若手の菅原まで騎乗停止。
それに、なんだ!あのマーカンドに対しての制裁は」「土曜の『黒松賞』ですよね。あれも審議なしで“確定”しました」「裁決にすりゃあ『先着できる脚はなかった』と言うんだろうが、少なくとも戸崎の馬(⑤着)は不利がなければ③はあったと思うぞ。複勝もそうだが、3連複3連単を売る以上はそこまで考慮して貰わんと。最大の制裁金10万円のケースでも審議なし。ま、これからは自由に動いた者勝ち。ゴール前でわざと落馬させない限り失格、降着にはできないわな」。
「丹内が落っこち大怪我を負い、聖奈ちゃんも精神的なショックを受けた新潟の千直も審議なし。おかげでその後の乗り方は今イチ。二つ勝ってはいるがともに大外一気。あれじゃあ多頭数の内枠に入ったら買えん。丹内も元に戻るには時間がかかりそう」。親爺、贔屓にしていた二人をアテにできなくなって可哀相。ブツクサ不満を垂れながらも馬券を買うのは、これも馬好きの性。諦めるしかない。
「マーカンドは宮田敬介調教師が身元引受人で、その宮田の経歴はノーザンの元従業員。契約馬主はシルクです」。横山がスラスラと解説する。
「ところで横山君の『有馬記念』は双葉時代は芳しくなかったが、間違いなく栴檀だったジェラルディーナだろ。自由に動くC・デムーロも何故か騎乗停止も明けるしな」
「……」
「運も実力のウチ。な、横ちゃん」。親爺が助け船を出した。
競馬界の権力者は一体誰なのか。国民の命と安全を守る人であってほしい。なんてね。
源田威一郎
GENDA ICHIRO
大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。