「でもよう。儲けはしなかったが『完庶処』の有村社長はたいそう喜んでいたらしいぞ。社長のダービー馬券をどうするか…?横ちゃんと相談したが、結局はとのさんの意見を重視することになって。『軸はソールオリエンス、穴ならトップナイフか良馬場で負けていないホウオウビスケッツかな』『枠連も面白いんじゃない』と言ってたろ。で、変速買いではあるが穴馬2頭が同居した2枠から枠連5点、馬連はソールからの5点を推奨した訳さ」
すでに電話で報告は受けてはいたが、先月以来の顔合わせとあって詳細を話さずにはおれない様だ。遠野は枝豆を口に放り込み「洗心」を飲みながら、ふんふんと頷く。
「聞かれたら教える。人に推奨する以上は自分も買う――。これが清水さんやとのさんの姿勢。毎週のことで買い慣れている俺でさえゴール寸前までハラハラドキドキ、枠連②➂の夢を見たもんな。社長は1万円買って6,900円の戻り。京子ちゃん→おまさちゃん経由だが社長『久々に仕事やコロナも忘れて興奮した。皆さんによろしく』と言ってたとか」
「まぁ京子ちゃんが喜んでくれたのなら俺らも納得で満足。でもなぁやっぱり憎っくきは社台グループの“専用レーン”。ヨーロッパの出稼ぎ組が居なくなったと思ったらオーストラリアだろ。腕達者なのは分かるが社台Gも、<もっと日本人ジョッキーを育てて信頼しろよ>と言いたいね」。チッてな感じで酒を呷り「ルメールだけでも手こずってるのに加えて専用レーン。ダービー後の2週間は見るだけ。馬券は控えてたんだ」
これには親爺も吃驚で「先週から始まった函館も」「ああ。グリーンチャンネルは見たけどな。特に新馬戦は」「そうそう、その新馬戦も酷ぇもんだったな。この3、4日の開催で5鞍組まれてたが勝ち馬はすべて社台Gの生産馬。3日の阪神なんて社台Gだけの5頭立て。2歳戦の開始を早めて嬉しいのは多頭数を生産する大牧場だけ。税金で私立幼稚園の運動会を応援するようなもんだろ。“社台Gの 社台Gによる 社台Gのための新馬戦”だな」。珍しく親爺の口調がエスカレートしてきた。満更、遠野に同調しての放言ではなさそうだ。
「競馬開催や番組にどんな関係者が関わっているか、力を持ってるかは定かじゃないが、幹雄さんが亡くなってどう変わるか、いや何も変わらないか…」。思案気な顔をして金目鯛の炙りを摘まんだ。
「…。幹雄さん?あの青木幹雄のこと?とのさん知ってるの」。前回の枠連大儲けの時と同じで、親爺“何も聞いてないぞ”てな様子。「ちょっぴりな。幹雄さんは競馬はもちろんだが、馬券が大好きで。昔は後楽園場外に一人で足を運んでいたんだ。で、20年ほど前になるか、地元・島根の益田競馬廃止を憂えて『競馬推進議員連盟』を立ち上げたほど。尤も今は善吉さん(故人・マルゼンスキーの橋本牧場)の娘・聖子参議院委員が会長だと思うが…」
「ふぅ~ん。その幹雄さんは競馬会に強かったの?」「さぁ~て。どの程度注文つけてたかは知らんが、仮に“圧”をかければ競馬会も聞かざるを得んだろ。でも後を継いだ長男・一彦参議院議員とは何回か話したが、幹雄さんはそんな事はしてないと思うよ」
「幹雄さんが居なくなれば競馬関係は聖子議員の天下か」と独りごち、続けて「誰がどうであれ“社台Gだけ”は当分変わらんな。逆らったら馬券は獲れんし」
「“社台Gだけ”は競馬の話。嫌なら止めれば良いだけ。“だけ”でムカツクのは“聞くだけ 口だけ 身内だけ”の岸田だな。問題が起きるたびに『責任を重く受け止めています』とほざきながら行動はなし。総裁選出馬前の<もりかけ花見>の調査宣言も顔色を窺い即撤退。統一教会の解散命令も梨の礫。戦費だけは嵩み、統一地方選挙が終われば電気代の値上げも承認…。文句を言えばキリがないわ。ガス、水道にNHKの視聴代など公共料金も考えれば、庶民はもはや江戸時代もビックリの五公五民か六公四民。こんな状況でマイナカードの強制。来年秋には紙の健康保険証は無くすってんだろ。紙保険証廃止が先か俺が病院に行く必要はなくなるのが先か!だな。国を信用できんからカードの申請はしない」。遠野も怒りの長口舌を揮い「洗心」をグビッと。「旨っめえ」。思わず声が出る。
「そうだよ。生きてればこその酒と食いもん。体“だけ”大事にしてくれ」「ありがとな。で、親爺は」「アハッ。俺もまだだ」「だと思った」
「とのさんが学生の頃、テキ屋の親分から『学生さんよ。将来人事を握る立場になっても<バカに権力を持たせちゃいかんよ>と忠告されたそうだが、岸田を見てるとまさにその通り。有村社長の<戦争を始める者は戦場にいない>と同じぐらいの至言だな。暇“だけ”はある。老人二人が明るいうちから酒を酌み交わし愚痴を零し、憤懣を共有するのは健康法の一つかも。
一瞬の静寂を破ったのは若い横山だ。5時過ぎにドアが開き「先日は有り難うございました」「はい。お疲れ」。遠野が言い「洗心」を注ぐ。ほぼ空に近い。すかさず親爺が立ち上がり「男山」の大吟醸を持ってきた。「横ちゃんの爺さんがまたまた贈ってきてくれて」
「それはそれは。ゴチになるか」「祖父も『ダービー』は同じ馬券を買っていてゴール前では『丸田!丸田!我慢、粘れ!』と声を挙げたみたいです。競馬場でも祖父の声なんて聞いたことがありませんし、よほど興奮したんだな、と。馬連はゲットできましたし、お酒はそのお礼です」「外れたのに律儀なことだ」と感心し新しい酒に口をつけた。旨い。気分がいいと量も進みそう。
「北海道シリーズが始まったけど横山君はいつ行くの?やはり札幌?。函館は市長も替って心機一転。人気も人脈もありそうだし函館も活気づいてるんじゃない?」
「市長がどんな人か知りませんが弟が弟ですから」。横山の素っ気ない、それでいて否定的な返答に「どうした?弟って大泉洋だろ」。遠野が魂消た。
「香川照之はセクハラで非難されてますよね。悪役で売りましたが、あれは演技ではなく地で行っただけ。役者、演技なら大泉の方が断然。あれほど変身する男を見たこがありません。そいつの兄貴ですから選挙の顔と実際は大違いかも知れません」。
横山のこんな物言いは聞いたことがなく「何かあったの?」「はい。話せば長くなりますが、あれは15年前の8月24日。『札幌記念』の直後です。嫌な思いをさせられましてね。大人ってこんなに態度が変わるのかって」「ほう。面白そうな話だね。で?」。続きを促しながら酌をした。
源田威一郎
GENDA ICHIRO
大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。