横山が札幌出張から無事帰還した。本来なら先週月曜日(4日)には帰りたかったそうだが「じぃじを筆頭に両親の『何年ぶりかだ。家族でノンビリしよう』ってことで登別温泉に2泊してきた」らしい。
遠野がクリニック経由で12日の午後3時過ぎに「頑鉄」に到着すると、今や遅しとばかりに待ち構えていて、足を一歩踏み入れた途端定席で立ち上がり「ご無沙汰でした。こうしてお会いできて感激です。ホント」と。「おいおい。そんなオーバーな」と応じつつ指定席に腰を下ろした。
「実家からなら宿泊代も縮小できるし会社の経費削減を兼ねての長期滞在だったみたいだが、まぁ親、子、孫の3代…何人?だっけ」「ばぁばに弟妹で7人です」「ふ~ん。今時そんな家族構成は少ないんだし良かったじゃん」「はい。有り難うございます」
横山が頭を下げたところで親爺が言った。「横ちゃんの帰着祝いだ。札幌では『男山』や『国稀』なんてのは飲んできただろうし、いつも通り『洗心』でいいか」「願ったり叶ったりです」「良し!横ちゃんのお爺さんがつい先日贈ってきた『男山の大吟醸』はおまさちゃんが来てからにしよう」
親爺が酒を取りに行くと同時に「今年最後だと思います」と言いながら吉野が茶豆とじゃこ天を持ってきた。「あ、梶谷さんと井尻さんの分はいらしてから湯がきますのでご心配なく」「いいですねぇ。この細やかな配慮が『頑鉄』なんですねぇ」「ヘッ。浦島太郎みたいなこと言ってんじゃねぇよ」。
「洗心」とグラスを手にした親爺が冷やかし「そうだ。横ちゃんの土産を忘れてた」と言い板場へ。数の子の松前だ。「昆布も数の子も立派だし、これは旨そうだ」と遠野。
「じぃじのお薦めです」「いやいや、こちらこそ恐縮」とは親爺と遠野。「『お前みたいな奴を可愛がってくれて、お前も信頼できる人が周りに居るとはなぁ。大切にしろよ』と言い両親にも『そう思うだろ』『はい。一安心も二安心もしました』。その父は時々『疲れてんだろ。明日は俺が競馬場(調教・取材)まで送って行くからゆっくり寝とけ』とか。遠野さんが仰っていた<親思う 心に勝る親心>を実感しました」
<男子、三日会わざれば刮目して見よ>じゃないが、離れていた間に随分と変身したようだ。実家では特に感じたに違いない。親爺も遠野もそう思った。
「親心が凄かったのは札幌最終週の(横山)典弘さんです」。続きがあるようで冷酒を2杯ほど飲み枝豆を5、6粒食べた後、おもむろに切り出した。親爺はうんうんと頷いている。
“折角だから”と遠野はコリコリした数の子を噛み砕いた後、「で…?」次を促した。
「前の週に和生が負傷して最終週は乗れなかったんですが土曜日の2Rはそれまで和生が乗って⑤②着だったアンジュグルーヴを引き受け見事①着。(武史が②着)メーンの『札幌2歳S』は和生でデビュー勝ちしたパワーホールに乗り、逃げた武史セットアップのガード役如きの2番手。スローに持ち込み結局は親子での“行った行った”決着…」
「なるほど。典ちゃんは和生の休養中に他の騎手に取られないよう奮闘したって訳だ。自分ならいつでも譲れるからな」。遠野は応えて新しく届いた例の蒲鉾にタップリの山葵を載っけてパクリと。効く。慌てて鼻を摘まんでから冷酒を口に含んだ。
「でな。続きがあるんだ。直後の最終Rも前走和生で負けていた…」「⑦着だったサムハンターです」「そうそう。それで②着、勝ったのが武史ってんだから凄ぇ」。親爺、自分の発見のように自慢している。
「馬券はどうした?」「俺は横ちゃんの指示通りで『2歳S』は馬連と3連複をゲットしたが最終まではな」「横山君は?」「<2度あることは3度ある>で、少し浮いていたことだし横山親子の馬連を5000円に3連単は親子の①②着裏表を総流し11点に200円ずつ」
と言って照れ気味に頭を搔いた。
「立派なもんだ。配当は?」「馬連が1750円で3連単は3万2660円でした」「まさにパチパチだね」「有り難うございます。典弘さんの“親心”のおかげです。余計なことですが、そんなこともあって登別温泉は半分自分が持ちました」「偉い!じぃじが競馬に理解があって良かったね。親爺さんだけなら“バクチで儲けた金で”で喜びと感謝の気持ちも半分だったろうし」
「そんでよぉ。『先週のセントールS』なんだけど…」「皆まで言うな。和生から典ちゃんに替ったアグリから買って抜けたんだろ」。遠野が言った途端、横山はプフッと酒を吹き出し、一応手を口に当てはしたが。親爺は摘まんでいた数の子を落としながらも「どうして?」。「話の流れと親爺の不機嫌そうな顔とぶっきらぼうな口振りから結論はそれしかないだろ」。余裕で応じた。二人は「畏れ入りました」。頭を下げるしかない。
「ま、それはともかく明日はどんなことになるか」「何?」「内閣だよ内閣」「んなもん。誰がどうなっても傲岸不遜な岸田が決めること。権力維持に都合のいい人事しかしないだろ。何せ福島の子供から『なぜ総理大臣を目指したのか』と訊かれ『最高の権力者だから』と答えた奴。予期しない質問でポロリ本音が出たと思うよ。農汚水大臣(農水大臣)の野村と一緒でね。『関係者の理解なしにいかなる処分もしない』と言った舌の根の乾かぬうちの放出で安全安心を訴えられてもなぁ。菅直人の貝割れ大根ムシャムシャみたいに常磐モノの魚を食べるパフォーマンスを見せつけても???だよ」。遠野は怒りが増すと言葉も増すようで、舌の根じゃなく喉が乾く。横山の酌を受けると一気に飲み干した。
「萩生田を要職になんて噂もあるが『統一教会』問題はどうなるのかやら。本気度が分からん。教会は質問権自体が違法なんて言い出すし、裁判になると長引くし先が見えねぇ。ドリル優子(小渕優子)が選対委員長って話もあるが不正な政治資金の処理の仕方でも伝授するのかね。パソコンの壊し方とか」
「アッと驚く民間からの登用で翔太郎の『こども家庭庁』担当大臣なんてどうでしょうね」。横山が口を出した。
「うまい!まさに<親思う 心に勝る親心>だな。親爺がハタと膝を打った。
源田威一郎
GENDA ICHIRO
大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。