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競馬コラム

心地好い居酒屋

2023年10月25日(水)更新

心地好い居酒屋:第140話

「ルメールだけでも持て余しているのに、今度はモレイラか。ノーザンのやり放題で嫌んなっちゃうよ。次から次と短期免許制度で外国人ジョッキーを呼ぶなんて、結局は弱肉強食を推し進めるようなもの。GⅠGⅠと大騒ぎしてるが、ここんとこのGⅠは“ノーザン祭り”さながら。強者を讃えるファンと関係者だけで盛上がっていりゃいいさ。俺は裏開催のローカルで頑張っている連中を応援するよ。今注目は永島まなみかな。女性ジョッキーや若手もチャンスを与えれば伸びるんだから」


好天気と爽やかな秋風、加えて親爺の「岩手の松茸がはいったぞ」の甘言に釣られついつい築地まで足を運んだ遠野。待ち構えていた横山の斜め前に腰を下ろし、麦茶を一杯飲み干すなりボヤいた。


「そうですよねぇ。『菊花賞』出走馬17頭中8頭がノーザンF生産でノーザンとの縁がある坂東牧場が1頭、これを半頭とすれば丁度半分の8.5頭。馬券を買う人も強い馬やブランドが好きなファンも居るでしょうしこの3週間のGⅠはまさに“ノーザン祭り”でしたね」。


横山が応えると「ほいお疲れ」と親爺が言い、残していた「得月」とグラスにお通しを持ってきて座り込んだ。鉢の中には丸い物が。どうやら蒟蒻のようだ。


「とのさんが以前から『ルメールは横山君にお任せ』と諦めていたがさすがだよ。馬連に3連複本線だもん」。


“さすがに”が遠野のお眼鏡か横山の選別眼かは不明だが「立派なもんだ。懇意にしている知り合いが儲かるとホッとするし嬉しいよ」。チョッピリ不満も和らいだところでグラスに口をつけた。横山はビールだ。


「あれ!酒は?」「いえ後でいだきますが…今のところは…」ごにゃごにゃと。
「エヘッ。後からおま、いや梶谷さんが来る予定で『得月』は2本のみ。横ちゃんが気を遣って」「なるほど。かといって『男山』を飲むのもってか。偉い!その気遣いだけで十分。確かに限定の『得月』を空けるわけにはいかん。俺だって梶谷は怖いもん。じゃあ俺も『得月』はとりあえず一合だけにして『男山』にしよう」。言うや否や残ってた「得月」を飲み干した。


タイミングを見計らっていたのか吉野が新しいグラスと擦り立て山葵タップリの蒲鉾を、親爺が「男山」を持ってきた。


全員のグラスが満たされると珍しく横山から話題を切り出した。


「土曜日の東京9R『アイビーS』を勝ったダノンエアズロックのことですが」「4億5000万の高馬だろ」「そうですそうです。あれに乗ったのがモレイラでしょ。自分の読みというか推測では、このまま順調に行けば『ダービー』もモレイラじゃないかと。今回の短期免許はタスティエーラ騎乗はもちろんですが…。偉そうなこと言ってすみません」。


「ふぅ~ん」と頷き玉蒟蒻に箸を刺し口に運んだ。醤油に七味が絡んでピリッと旨い。


そういえばその「アイビーS」も6頭立てで3頭がノーザン生産。結果も上位①~③着を独占。2歳の競馬はレース数が増えるけど出走頭数は少ない。老馬は死なず去り行くのみ。


「ご存じでしょうが新馬勝ちした時のレーンは6月からでしたっけ、向こう一年間は日本での短期免許が下りませんから」「知らん知らん。そうなんだ。やっぱあれか。警告プレーが多すぎ制裁点過多が原因?」「どうやら遠野さんの仰る通りだと思います」


現役の競馬記者だけのことはある。ダノンの野田氏は超高馬を買ってくれる上得意。新設のGⅠこそ勝ってはいるがクラシック勝ちはないはず。商売上手だった善哉さんに勝るとも劣らない勝己氏。海外の伝手も豊富だし、そこまで考えていても不思議ない。


「横山君の読みは大当たりかも。素晴らしい。そういう事実と現実の出来事を俯瞰して先を読む。それを取材に繋げる。立派立派」。遠野はパチパチと声にしながら拍手した。


「モレイラの話は俺も今聞いたところだが、横ちゃん凄ぇだろ」。親爺も我が子かのように成長振りを喜ぶ。


そこへ板場から声が。「松茸は皆さんが揃ってからということなので、鮃と赤身を少しばかり切ります」と。吉野だ。こっちも成長してきた。


「かつては“ダノン”と言えば川田だったのになぁ」と親爺が懐かしむ。「ノーザンだって頼りにしてると思うぞ。でなきゃあ牝馬3冠のリバティアイランドに乗っけないだろ。ただ一つ考えられることがある。強気な性格で常に勝負に徹してるだろ。そこが良いところで、だから安心して馬券も買えるんだが“忖度”をしない方だと思うんだ」


「忖度?」。親爺が首を傾げる。


「こちらは京都の7R。3歳上の1勝クラスなら多頭数が常識。ところがここは未勝利馬を含む7頭立て。その未勝利馬ってのがミソでな。名義は吉田勝己だが恐らく馬主免許を持ってる連中だけが集まった共同馬主。連闘で“勝負”だったんじゃないか。鞍上・藤岡佑介がハナを奪うと二番手は弟の康太。落ち着いた流れで直線も余裕の先頭。そのままかに思えた時、外から差しきったのが川田のハギノアルデバラン。以下は佑介、康太の順。つまり川田さえ“忖度”してれば勝己名義のハイランドリンクスは中央競馬に生き残れたって寸法さ」。遠野が説明した。


「確かに。俺がハイランドの馬主なら“チッ。川田の野郎余計なことしやがって”と怒るかもな。腹ん中で」と親爺は納得気味。


「競馬ブック」を広げていた横山は「ハギノは鮫島厩舎で馬主は安岡美津子氏ですかぁ」


「“ハギノ”で有名な日隈さんのお嬢さん。鮫島師は伊藤修厩舎で助手を務めていたし、日隈さんは伊藤修厩舎の大後援者。川田がそんな事情を知ってるかどうかは分からん。あの男は目の前のレースに集中してるだけ。安倍や岸田じゃないが“裸の王様”からは嫌われるわな」


「おっ。もうこんな時間か。ボツボツ梶谷さん達も到着するかな。ところでとのさんは『天皇賞』どうすんのよ」


「12頭中6頭がノーザンで社台が2頭の追分が1頭。気を入れて馬券を買う積もりはない。まぁ観戦料として先週逃げて見せ場を作った(ハイランドリンクス)佑介のジャックドールの単勝でも買うよ」


競馬の話が終わるのを待っていたかのように梶谷が入ってきた。


「あれ!一人」「井尻さんは微熱で病院に行ったんですがアベノウィルス(プール熱)患者で一杯だから少し遅れるって」


「アデノウィルスでしょ」。親爺の声かけに「そう言いました」

源田威一郎

GENDA ICHIRO

大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。

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