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競馬コラム

心地好い居酒屋

2024年05月15日(水)更新

心地好い居酒屋:第144話

遠野が5時前に「頑鉄」に入って行き一瞥すると梶谷と井尻が斜向いに座り、井尻の隣には親父が居た。瞬時に3人は立ち上がり親爺がそそくさと近寄りボンベキャリーに手を置いた。


「大丈夫大丈夫。今日も予約はあるんだろ?上には上げなくてあっちに置くから」と親父の手を払うと梶谷は格子枠の所まできて、遠野が一旦外したチューブを受け取った。遠野が自由な体で指定席に座ると、その間に差し込み部分をティッシュで拭いたチューブを「どうぞ」と。


「ありがとね」。気遣いのできる娘(子)である。


「で、どうした?」


この日の「頑鉄」訪問は井尻から月曜日(13日)に電話が入り「実は金曜日(10日)に人事がありまして……。遠野さんのお加減がよろしければ明日にでもお会いしてお話できないか、な。と思いまして。あ、横山には『6時頃にしてくれ』と言っておきますので」


「体調?低値安定ってとこだな。良くなる病気じゃないし構わん。行くよ」。そんなやりとりがあったのだ。


「島内の社長は既定路線として甘方が常務で統括本部長とはなぁ」と呟き梶谷が注いでくれた「洗心」をグビリ。


「笑っちゃうでしょ。天下でも取った積もりなのか今日も総務に顔を出し『小池局長!上がってくる経費については精査頼むよ』だって」


「おまさちゃんの事だから一言言ったんじゃない」


「えへっ。『ご安心を。本部長の分はしっかり確認します』と返しました」


首を竦めて舌をチラリ。


「雅子はいいよなぁ気楽で」


「そう言う井尻だって甘方の信頼を得て“格”が上がったんだろ」


「高兄ぃは編集局次長。ニュース部長だった小杉さんが局長だから肩書きとしては編集の№2だよね」


今度は鼻と口を覆いクスッと笑い鰹の刺身を摘まむ。


「スポーツの金山も次長です」


井尻、憮然としている。


「甘方の狡猾さについては前から言ってるだろ。お前だけに目をかけてる訳じゃないし、かといって逆らう必要もない。“狡兎死して走狗煮らる”。以前にも言ったはず。甘方は分かりやすく言えば上には諂うが下には忠誠を競い争わせる奴。どうせ総務や広告の人事にも口出ししてんだろ。例えば別部を広告局の次長に引き上げたとか」


パチパチ!


「その通りです」


手を叩きながら梶谷が喜ぶ。


「ところで俺が来た時も話をしてみたいだけど、親爺はなんと?」


「俺?甘方ってのは良く知らんが社長も含め“一国は一人を以て興り 一人を以て亡ぶ”ってな。そう言った時にとのさんが入ってきたんだ」


さすが清水の信奉者、中国の名言には詳しい。井尻も何となく意味は分かっていそうだが、怪訝そうに隠元のごま和えをに箸を伸ばした。


「覚えているんならちゃんと教えてやんなよ親爺」


遠野が勧めると“得たり”とばかりに「“桓公を相(たす)け諸侯に覇たらしむ”ってな。済の桓公に仕えた管仲を讃えた言葉だが、桓公も人を見る目があったわけだし、新しい社長と甘方ってのはわかり合えてるのか。ついでに言うと清水さんととのさんみたいに管仲とは管鮑の交わりで……」


「分かった分かった。素晴らしい。もういい」と遮り「ま、井尻が認められたのは結構なこと。甘方に迎合せず金山や別部なんてのと奔競するんじゃないぞ。俺はお前の力と信念を信じているから今まで通りでな。ニュース部と社会部の担当ともなれば責任重大。超面白い紙面を作って“一人を以て興す”だったりして。とはいえ無理すんなよ。健康でさえいればなんとかなるから」と言って空のコップにビールを注ぐ。


「あのぉ~。レース部も高兄ぃの担当です」とは梶谷。


「へぇ~。じゃあ横山君も喜んでるだろ。でも距離は考えろよ、もっともおまさちゃんが居れば安心だけど……」


「さっきの“一人を以て”じゃねぇけど国の舵取りは難しいなぁ。プーチンVSゼレンスキーにエタニヤフVSハマス……。アメリカに韓国、インドだってどうなるか分からんし。日本も具体性のない口だけの岸田に任せていたら“一人を以て亡ぶ”だな。例の裏金で規正法どったらをやってるけど、あんなもん蛇口を絞る、つまり企業献金や押し売りパーティーを禁止すればいいだけのこと。老い先短い俺らはともかく、このままだと数年を経ずして全世界の人間が地獄を見るんじゃないか」


親爺がシンミリ喋った時に横山が到着した。


笑顔だ。「今晩は」の挨拶にも活気がある。梶谷の前、井尻の隣に座ると「レース部のまま井尻部長、いえ局次長の直轄になれて良かったですホント。有り難うございます」


「おいおい俺が決めた訳じゃないから」手を振りながらも満更でもなさそうだ。


「来るのが早かったですか?お話はもう済みました?」。やや不安げに誰にともなく尋ねる。


「とりあえずビールでいいか?」。井尻が自分のビールを注ぐと安心したように「頂きます」


「良かったね横ちゃん。トップが代わると舵取り次第で国も組織もどうにでもなるって話をしてたんだ。そうだなぁ。競馬会も競馬界も同じ。昔、障害レースが好きな理事長がいてね。“障害を充実させる”の号令一下、急に障害番組が格上げされメーンになることもしばしば。テレビ中継のカメラアングルも変えるほどのイレコミ……。度しがたいのはメディアでアナウンサーも解説者も『障害は面白い』『迫力が違う』と忖度に提灯までつけて褒めそやす始末。トップの威光とはそんなもんなんだ」


「でも今は違いますよね」


「幸か不幸か任期半ばで交代しちゃって。障害の隆盛は来ないままだった」。そこまで言って梶谷から酌を受け定番の山葵大盛りの蒲鉾を口に入れた。


競馬の話題だと興味津々。


「障害の売り上げが伸びない責任を取った、いや体調を崩したんですかねぇ」。ビールから「洗心」に代えた横山が首を傾げる。


「俺の“黒革の手帳”によれば、あるお偉いさんの不興を買ったとか」


「誰ですか、その人?」


「とのさんが20代の頃から親しくしていた人だよ。あの善哉(吉田)さんも頼み事をしてたほどの人らしい」


親爺はチョッピリ知っているが井尻も梶谷も寝耳に水。キョトンとしているが「遠野さんが喋らないのなら訊かない方がいいんじゃないの」。さすが梶谷だ。弁えている。


横山も気分を変え「一昨日の新潟最終は遠野さんイチ押しの永島と丹内さんでの決着。やはり馬券は裏開催ですか」


「そうだな。でも『ダービー』は買う積もり。『オークス』はよほどの道悪じゃない限りステレンボッシュだし手を出し辛い。『ダービー』は順調に稽古ができたのが条件でダノンエアズロックだな」


「あ、そう言えば新馬勝ち直後の『アイビーS』でモレイラに乗り替わった時『レーンの短期免許が一年おりないからその対策かも』と仰有ってましたよね」


横山も良く覚えている。


源田威一郎

GENDA ICHIRO

大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。

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