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競馬コラム

心地好い居酒屋

2016年07月13日(水)更新

心地好い居酒屋:第3話

 たまたま築地にくることがあったとかで、月曜日に遠野が「頑鉄」に顔を出した。早い時間でもあり、客はひと組み2人だけ。一番手前の席で静かに飲んでいる。カウンターにはポツネンと親爺が座っていた。

 遠野が隣に腰を下ろすと、いきなり「とのさんよぉ。気にかかっていたんだが、この間、井尻さんにメモを渡していたけど、何を書いてたの?あの″知ったかさん〟が首を捻っていたからね」。
「″狡兎死して…〟ってやつ?」。聞き返したところへ、親爺には熱燗、遠野には大吟醸が運ばれてきた。カップになみなみと注がれるのを見ながら「あれには続きがあって正確な表現じゃないけど、簡単にいえば使い捨てだな。創設時から良く働き、功があり、いくら有能な人材でも会社が安定してしまえば、上司に素直じゃない奴は疎んじられるってこと」と説明して冷酒に口をつけた。

 ちなみに″知ったか〟とは井尻高男の真ん中(尻高)をとって親爺がつけたあだ名である。さすが年の功で駄じゃれや語呂合わせは上手い。ふむふむ…。分かったような分かってないような表情で押し黙っている。席には食い物がなく会話が途絶えた瞬間、遠野の思考は平成10年(1998年)のダービー後に飛んでいた。先日みたいに親爺の話を途中で手で遮ったりしても不満気な様子はなく、遠野の顔を見れば純粋に喜び″とのさん〟と敬意を込めて呼ぶのもダービーが縁だった。

    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆    

「清水さんはいつ来てくれるの」。

 遠野が「飲みに連れて来るよ」と約束した翌週からやいのやいのとサラ金もびっくりの矢の催促。たまりかねて遠野が説明した。「火、水、木と美浦で木曜と金曜は予想の研究検討。昼間は新聞作りもあるし、土、日は知っての通り競馬場。夏はローカルだから肉体的にも疲れるし無理。いつ夜遊ぶ暇があると思ってんの。まあ早くて秋競馬が始まってからの月曜日ってとこかな」。怒り混じりに一気にしゃべったもんだ。

 結局は9月の最終月曜日と相成った。親爺は1週間前から緊張しきりで、どんな料理を出したら喜ばれるか、好きな魚は、注意する点は何か…。うるさいほど遠野に質問する。

「難しく考えなくていつも通りでいい。ただ生魚はあえて食おうとはしないから、間違っても【大間の本鮪です】なんて自慢げに出しなさんなよ。お決まりのお通しの他には適当に見繕って、後は八海山の本醸造(当時大吟醸はなかった)があれば十分」。「う~ん。適当にというのが難しいんだよ」。しばし悩み続けたようだ。

 そして当日。遠野と清水の顔を見るなり「お待ちしておりました。わざわざお越しいただいて有難うございます。さ、どうぞどうぞ」と奥の席へと案内した。これほどの慇懃さは、かつて見たことも聞いたこともない。清水は「お邪魔するよ」と壁を背にどっかと腰を下ろし、さらりと見渡して「とのちゃんも褒めてたけどいい店じゃん」。

 親爺は恐縮の態で「ご相伴させていただきます」と清水の前に座る。そこへ仲居がお絞りを差し出し、続いて椀と三菜が。「お気に召すかどうか…」極めて低姿勢だ。この日の椀は島鯵のアラのお吸い物で三菜は胡麻豆腐、衣被(きぬかつぎ)に秋刀魚のワタ醤油焼き。酒はもちろん八海山の本醸造だ。

 心配そうに見遣る親爺の前で清水は、まず椀を一口、二口。そして胡麻豆腐に箸をつける。「うん、旨い。なかなかいけるよ」。「そう言っていただけると感謝感激です」。親爺嬉しそうだ。「もっともゴマ化すという言葉もあるくらいだから、胡麻を摺りこめばたいていのものは旨くなるけどな」。清水流の冗句に遠野はニヤリとしたが親爺は不本意な顔つき。ところが清水の「この葛は吉野みたいだな」の一言に破顔一笑。「いやぁ清水さんには敵いません。さすが舌が肥えていらっしゃる」と禿げ頭をポンポンと叩いた。

 後は酒も入って、清水の〝とのちゃん〟に呼応してか親爺はいつの間にか〝とのさん〟となり、まさに和気藹藹。ほぐした毛蟹がドバッと出て、清水の「あまり食えないよ」を区切りとして鰈の煮付けで肴は終わった。

 そんなこんなで2時間以上は居たろうか。「親爺、お勘定!」清水が立ち上がると「いえいえ滅相もない。こちらこそお忙しい中、ご無理を言って申し訳ありません」と平身低頭だ。遠野が「今日は俺が誘ったのだから…」と割って入ると「じゃあとのに甘えてゴチになるけど”これを〟」と四角に折ったテイッシュを握らせた。何?てな感じで見上げる親爺に「手間隙かけてくれた板さんにだよ。“旨かった。有難う〟と言っといて。まぁ今後とも清水とⅠ馬をよろしく頼むわ」。

 後で仲居に聞いた話では、玄関で見送った親爺は遠野と二人帰って行く後姿が消えるまで立ちつくしていたとか。

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 人間は同じ環境に居ると同じことを考える…。遠野の前にお椀とお通しを置く音が聞こえた途端、親爺も清水に思いを馳せていたようで「最近清水さん来てくれないけど、近いうちにお願いしますよ。物識りだし、競馬はもちろん、会うたびに目から鱗の話が聞けるんだよね」と感心しきり。

「本当に奥が深い。清水さんの蘊蓄に比べると〝知ったかさん〟のは単なるノー書きだな」。「おいおい井尻あたりと比較されたら清水さん怒るよ」と遠野がピシャリ。「すんませんでした」。禿げ頭を下げたところで、この話題は終わった。


【著者プロフィール:源田威一郎】
大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。

斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。

競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。

源田威一郎

GENDA ICHIRO

大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。

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