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競馬コラム

心地好い居酒屋

2016年09月13日(火)更新

心地好い居酒屋:第5話

例年なら、競馬が中央に戻ってくると、秋のGⅠシリーズを楽しみにし、生きがいにもなっている「頑鉄」の親爺は、機嫌よく、そして威勢よく「らっしゃい」と迎えたはずなのだが……。

「でもよぉ、もう会えないし、東スポで清水さんの予想を読めなくなると思うと寂しくてなあ」。

遠野が久々に「頑鉄」に顔を出したのは中山競馬が始まってからのこと。8月は一度も行ってない。

「ご無沙汰で申し訳なかったね。ところで、その節はありがとう。清水さんも“おう、きたか〟と喜んでくれたと思うよ」との挨拶に返ってきたのが、浮かない顔での「でもよぉ…」だ。

続けて口にしたのは「それにしても、とのさんも冷たいよ。あんなに重病だったのなら一言ぐらい教えてくれてもいいじゃない」と愚痴らしきものを零す。

「悪かった。でも、親爺の気持ちをムゲにするわけじゃないが、言えば見舞いに行くだろ。清水さんは状況を読むし、勘の鋭い人だからね。滅多に来ない人間が行くと”長くないのだな〟と気が萎えかねないしな。あの人も医者から約2年前に余命半年と宣言されながら気力で癌と戦い、一時は奇跡の治癒か、と思わせたほど体調のいい時期もあったんだ。そんな事情だから勘弁な。この通りだ」。珍しく遠野が神妙に頭を下げた。

「やめてくれ。別に他意はないし、葬儀に参列できたのはとのさんのおかげだし…」と手を横に振った。

「それより、電話もらって嬉しかったねぇ。ちゃんと清水さん用のお膳も用意しておきました!」。

遠野が予約を入れたのは前々日のこと。おまけに、開店直後で他の客が来る前の午後5時指定だ。

「無理言っちゃったかな」

「とんでもない。最初にお会いしたのが平成10年の秋。ちょうど今頃だから似たような食材も手に入ったし。あれから18年経つんだね。早いのか遅いのか。どうなんだろう」

「楽しい時は過ぎるのが早いことを思えば、あっという間じゃない。この店だって約30年だろ。親爺はどう思う。早い?遅い?」

「そ、そりゃあ早いよ。清水さんやとのさんを筆頭にお客さんに恵まれたからね。板場も良くやってくれてるし。おかげで楽しく仕事もさせてもらってきたよ」。

急に話が逸れて、親爺も謙虚な口ぶりになった。

この日はカウンターではなく最初に来た時に陣取った一番奥の席。ちゃんと清水用に椀と三菜が並べられ、もちろん八海山の大吟醸も。

遠野が清水の遺影を取り出し、八海山の前に置いた。まずは清水用に江戸切子のグラスに冷酒を注ぎ、遠野、親爺と続き、どちらからともなく“献杯〟で飲み干した。

その後は当然のように飲み食いが始まり思い出話になったのだが、そんな中で遠野がびっくりしたのは親爺の記憶と感激ぶりの言葉だ。

「そこにある胡麻豆腐を食べて、『旨い。吉野の葛だな』と言ってくれた時は本当に嬉しかったんだよ。それもさりげなく。普段は市場で仕入れるんだが、手間隙かけて作った甲斐があった!つくづく思ったね」。顔はくしゃくしゃで、涙を流さんばかりの口調になった。「おいおい大丈夫かね。清水さんは感じたことを言っただけだよ」。

「感じたことが凄いんだ。だって店を出してこの方、吉野の本葛の何たるかを知ってる客は数えるほどだから。いや、今どきの客は本葛うんぬんすら知らないんだ。だいたい、普通の豆腐に胡麻を摺り込んだのが胡麻豆腐と思ってる奴が多すぎる」。他に客が居ないせいか、酒の勢いもあってか、遂に“客〟が“奴〟になった。

「だからさ、最近はほとんど胡麻豆腐は付けないようにしてるんだ。分かるだろ、とのさんなら」。

「分かった分かった。他の奴はどうでもいい。今日は親爺と二人だけの<清水さんを偲ぶ会>だ。知らん奴を貶して清水さんを褒めても清水さんは喜ばんよ。だけど…」と言いかけたところへ客が入ってきた。

「お、もうこんな時間か。俺は帰るよ」。遠野が清水の遺影を懐に腰を上げた途端、「すんません」とペコリ。そして「清水さんの教訓のおかげで札幌記念は儲けさせて貰ったし、今日の<偲ぶ会>は俺の掛かりで頼んます」と再びペコリ。

「馬券をとった経緯は今度報告するよ。とのさんが来なかった間に“知ったかさん〟が若いのを連れてきたのがきっかけでね」。

「了解。楽しみにしてるわ」。見送りを断り、手を挙げながら一人外に出た遠野は「だけど…」の続きに思いを馳せた。

「親爺は本当の商売人で、職人の矜持を持っているんだなあ」と。清水と酒を酌み交わすことはできないが、今後も親爺とは清水との思い出話で楽しい時を過ごせそうだ。


【著者プロフィール:源田威一郎】
大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。

斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。

競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。

源田威一郎

GENDA ICHIRO

大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。

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