暑さ寒さも彼岸まで―。仲秋も秋分を過ぎると寒露も間近。それから晩秋へと移ろい、東京でも小春日和には爽やかな風が吹き抜け、北海道では冬の気配が漂ってくるものだが、最近の気候は24節気なんてお構いなし。
妙に暑かったり寒かったり、かと思えば台風が猛威を振るったりでハダで季節を感じることが少なくなった。
その点でも「頑鉄」はいい。親爺は、できるだけ食で、季節を味あわせようと努力してくれているのだ。それが遠野や常連客の楽しみでもある。
ところが、先日親爺が言ってた〝知ったかさん〟が連れてきた若いのは違っていた。
競馬の番組で季節を知るらしい。例によって、遠野が親爺の隣に座り、しめじの椀を啜った後「清水さんの教訓のおかげで札幌記念は儲けたんだって?」と訊くと「話せば長くなるけど、そもそも札幌記念を買う気になったのも、横山っていう若いのが〝今週は札幌記念かぁ。ぼつぼつ秋刀魚の出回る時期ですね〟と誰にともなく言ったんだ」。
で?てな感じで先を促すと「そういやあ、とのさんも札幌に行くと言ってたし、じゃあ俺も買ってみようかと思って新聞を広げたんだ。ほれ、清水さんが宝塚記念の時に〝ノーザンの馬ばかりだし、実力断然とはいえドゥラメンテは先を見据えているだけに絶対の信頼はおけない〟って書いていただろ。現に②着に負けて、勝ったのは同じノーザン系の馬主だったし…」。
遠野はうんうんと頷き、茄子と湯葉の炊き合わせを口にした。
「札幌記念はモーリス一色だったけど、この馬も先のことは結果次第みたいなことが報道されていたし、どうしたもんかと悩んでいたら、それに気付いた〝知ったかさん〟が『こいつ競馬だけは詳しいですよ。親爺さんもこっちにきて飲みませんか』と誘うから、まあ初めての顔だし、今後の事も考えてそこに行ったんだ」といつもの席を指さした。
「俺が座ると、その若いのがメモ用紙を取り出したかと思うと、サラサラっとノーザンや社台系の親戚までも含めての相関図を書いて説明してくれて」と言いながらポケットからその相関図を取り出した。
「聞いてびっくり見てびっくりで親爺は納得というか理解したんだ」
「それほどじゃないけど、ドゥラメンテとモーリスが重なって見え、そんなこんなで札幌記念はマリアライトと同じキャロットファームのネオリアリズム①着固定の3連単を買ったって訳」
「清水さんの教訓が生きたことでもあり、何がともあれおめでとう。良かった良かった」と親爺の肩をポンポンと叩いたところに井尻達が入ってきた。見慣れない若いのが横山なのだろうが、連中を先に座らせ井尻一人カウンターに寄ってきて「ご無沙汰です。いろいろお世話になり有難うございました」とまずは一礼した。
「おう。久しぶり。話は聞いたよ。課長昇進おめでとう。取りあえず座れよ」。親爺と遠野が席をずらした。井尻は残った一つの椅子に座るなり、座敷には聞こえない声で「遠野さんの仰った通りで、別部が広告部に異動になります。辞令はまだですが」と。
この報告には、さすがの遠野も驚いた。「へぇ~。予想はしていたが、甘方にしては拙速で露骨な人事だな」と感想をつぶやくと「いえいえ。それが統括は悪者にはなってないようなんです。これは噂ですが代理店契約をしてくれた飲食チェーンの社長に二人で挨拶に伺った折り、先方の社長も上機嫌で統括に対して『ご丁寧に恐縮です』と言った後『そうだ!甘方部長にも娘の結婚式に出ていただこうかな。10月15日ですが、ご都合は?』と訊かれ、統括は『吝かではありませんが、私如きがお嬢さまの結婚式に参列させていただいてよろしいのでしょうか』と、謙虚に答えたらしいんです。
すると社長は、『急なお誘いですし、TMCの統括部長さんともなれば、お忙しいでしょうから無理はなさらないように』と、やや気色ばんだ口調で応じたとか」。まるで、井尻の話っぷりはその場にいたかのようだが、遠野には読めてきた。
「なるほど。〝吝かではない〟を〝気が進まない〟と解釈したんだ。それで?」。「社長の声音で秘書がピンときてスマホを手早く操作し『社長!急なメールが届いてます』と呼び寄せ画面を見せた。そこには“吝かでない=喜んで〟の字句が。
社長も意味の違いを悟り、照れを隠しながらソファーへ戻りかけたところに別部がしゃしゃり出て、統括を庇う積りか、『社長!娯解です。統括の気持ちは…』と言いかけたのですが…」「すでに遅しだわな」遠野が苦笑いした。
「そうなんです。社長いわく『何が娯解かね。部長は喜んで出席してくれると言ってるんだ。それとも君に声をかけなかったのが気に入らんのかな』と不機嫌そうに、ソファーに座ったとか」。
「それを上手に取り成したのが甘方ってわけだな」。遠野が言う。
「はい。社長が座ると同時に統括が立ち上がり『別部が戯言を言って申し訳ありません』と深々と頭を下げたそうです。すると社長も『いやいや。ま、詳しい打ち合わせは今晩食事でもしながらでも』ということで別れたみたいです」。
「井尻の話がそこまで、ということは察するに噂の出所は秘書、それも彩色兼備で社長のお気に入りだな。もちろん別部を信用してないからだと思うよ。〝よく泳ぐ者は溺れ、よく乗る者は落つ〟ってとこか。もっとも泳ぐといっても別部の場合は〝顎(口先)だし〟乗るは〝浅知恵〟だけどな」。
遠野の言葉に井尻が〝?〟って顔をしたところに後から横山らしき奴から「課長!まだですか?早く来て下さいよ」と遠慮のない声がとんできた。「すみません。無礼な奴で。あいつらの紹介と続きはまた改めてということで…」。席を立った。
しばらくして遠野が腰を上げ帰ろうとした時、座敷から横山の声が。「日本で馬券も買えるし、これからは凱旋門賞が本格的な秋到来を感じさせるようになりますね」。
遠野は座敷に向け右手を挙げ「お先」と声をかけ、歩きながら〝俺も時代遅れだなあ〟とつくづく思った。
【著者プロフィール:源田威一郎】
大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。
源田威一郎
GENDA ICHIRO
大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。