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競馬コラム

心地好い居酒屋

2016年10月25日(火)更新

心地好い居酒屋:第8話

菊花賞の次の日に「頑鉄」を訪ねると、親爺は゛待ってました〟とばかりにわざわざ寄ってきて、歩きがてら「武豊のエアが②着に残ってくれていれば③⑬2900円はもちろん3連単6万7200円も当たりで大儲けできたのに…」とぶつくさ。

カウンターに着くと「社台系ばかりだし、社台の馬の争いとみてディーマジェステイを外したまでは大正解だったんだがねぇ」。

「そう泣きなさんな。③⑪の馬連3510円も取ったんだろ?」「1000円だけ」と指を立てる。

「3万買って3万5000円なら損はないじゃん。当たって文句言ったら今度はバチが当たるよ」

「へへっ。とのさんにだけは聞いて欲しくて。馬券はともかく、例の結末はどうなったの?」

井尻の報告によると―。甘方と別部、そして飲食チェーン「完庶処」の社長・有村参治との関係は穏便なうちに解決をみたようだ。

別部が有村と知り合ったのは今年の春。別部が新入社員4人を、有楽町にある「完庶処」に連れて行ったのがキッカケ。

総勢5人。つまみは、下は解凍の枝豆から上は黒和牛のステーキまで〝何でもアリ〟だから、その気になれば安上がりなのだが、この日の別部は女性の新入社員も居たことでもあり上機嫌で気前が良かった。

座ったとたん、「好きな物を食べて!飲んで!」とメニューを自ら手渡しながら、店員に向かって「とりあえず刺身の盛り合わせ…3人前ぐらいでいいかな。君達は?」。

「私は冷酒。菊正宗の二合瓶とキビナゴの一夜干しをお願いします」とは梶谷なる女性。

男性3人は、たまげた様子で「生ビールと…料理は係長のお薦めを」と控えめ。「ここは全部旨いけど、そうだな。じゃあ黒豚のメンチとさつま揚げに地鶏のから揚げを2人前づつか。それに紫芋のチップス。ま、こんなんで頼むわ」。

いかにも〝顔〟らしく別部が店の自慢と料理の蘊蓄を傾ける。そこへビールと日本酒、キープしていたらしい黒霧島の五合瓶と氷が運ばれてきた。

そんな状況を隣の席で静かに飲み食いしながら見聞きしていたのが有村一行4人。

客と一緒なのか、オーナーとしての視察かは定かではないが、本気で喜び、感激もしたらしい。

しばらくして席を立つや、店長の所に行き、客の氏素性を調べてきた。馴染み客だし領収書の宛先をみれば何者かはすぐ分かる。

戻ってきた有村は「いつもご贔屓にしていただいて有難うございます。私、こういう者です」と名刺を差し出した。

“ん?〟てな感じだった別部も慌てて名刺を取り出し、立ち上がって「ワケベです。こちらこそ重宝させていただいております。今後ともよろしく願いします」。

軽く雑談を交わした後「また近いうちに」で離れていった。

翌日、早速有村から電話があり「今晩お会いできないでしょうか。できたら弊社で」と。別部は〝人に会うのも仕事〟で快諾。

日本橋の本社に出向き、四方山話の後、この日は新宿店へ。そんなことが何回か繰り返され、気に入られもしたのだろう。6月には代理店契約と相成ったのだ。

有村は出身地・宮崎県都城市をこよなく愛する51歳で趣味は読書。高校卒業後の詳細は職歴を含め不明。家族は妻と子供が二人。40歳で一号店を大森に開店。それから10年で首都圏に22店舗をオープンさせている。

甘方はそんな経歴を考えつつ、「これまでも、先走るというか、注意めいた事を言ったことはあるのか」。別部に訊くと「はい…。でも社長は『間違いを糺してくれるのは別部さんだけです』と喜んでくれていました」。

「どんな?具体的には?」と甘方。「社長が『我が社の会議は喧々諤々で』と言った時は『それは侃々諤々で喧々は囂々です』とか、朝三暮四と朝令暮改の違いや、〝ら抜き〟言葉を指摘したり、客が…」。

「分かった。もういい」と甘方が遮った。叩き上げの有村にすれば有難い半面、ハナにつく部分もあったのだろう。甘方なりに有村像を描き会食に臨んだ。場所は有楽町店の個室だ。

まずは昼間の無礼を詫びると有村は「まあまあ、あまり彼を責めないで下さい。私もね、あの時は娘のことで頭がいっぱいで。ついキツイ言い方をしてしまい、この阿部クン(秘書)から『らしくないですね』と叱られましたよ」。

鷹揚に笑い飛ばした後「でも、メディアにいて編集者というか物を書く人はさすがですね。彼にはいろいろ教えられました」と。

その物言いにはちょっぴりの棘と憧憬、畏怖が込められているのを感じた甘方は「恐縮です」と頭を下げ、鹿児島と宮崎の食材がメーンの料理を見ながら話題を変えた。

「ご出身の都城といえば、もともとは薩摩藩。例の桜田門外の変で井伊直弼の首級を挙げたと言われる同姓の薩摩藩士・有村治佐衛門も都城でしたよね」

「ほぉ良くご存じで」。有村は箸を止めて意外そうに、そして顔を綻ばせた。

〝脈あり〟と踏んだ甘方は「幕末だけじゃなく関ヶ原や薩摩飛脚の逸話が示す通り、独立独歩を貫いた薩摩藩には興味がありましてね」と突っ込んだ。有村はいよいよ興に乗ってきた。

黒霧島のロックを飲み干すと、やや前のめりに「ご先祖さまとの関係がどの程度かは分かりませんが、私も治佐衛門と同じ三男で、だから〝治〟だけいただいて参治と名付けたとか」。

甘方は「なるほど。やはり…」と頷いた後は黙って聞き役に回った。

有村の饒舌は続いたが、タイミングを見計らい「ところで、別部のことですが…。彼は世間を甘くみてるところもあり、この際ですから編集から広告企画に移し、自身の勉強のためにも社長を筆頭に外部の方とのお付き合いを優先させようかなと。今後ともお付き合い願えますか?」。

甘方は一気に結論にもっていった。一瞬、虚を衝かれた態だった有村もさすがだ。

「御社の人事に口出しはできませんが、妙案ですね。あ、そうだ。じゃあ彼の仕事始めとして(TMC制作の)『ザッツ築地』に全面広告を出稿させていただこうかな。明日にでも我が社に顔を出すように伝えて下さい」と。

結婚式の打ち合わせはともかく、両者の会談は謝罪に出向いた甘方が一枚上だった。とはいえ、有村とてクライアントとして別部と甘方に貸しを作った結果となり、決して無駄な時間ではなかった。

聞き終えた親爺が一言。「社長の気持ちも多少分かるな。こういう商売をしてると〝知ったかさん〟達の仕事がまぶしく思える時があるよ。あ、とのさんは別だけど」。


【著者プロフィール:源田威一郎】
大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。

斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。

競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。

源田威一郎

GENDA ICHIRO

大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。

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