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競馬コラム

心地好い居酒屋

2016年11月08日(火)更新

心地好い居酒屋:第9話

〝泣く子と地頭には勝てぬ〟とは言い古された言葉だが、最近の「頑鉄」の親爺は〝泣く子と社台には勝てぬ〟が常套句。

晩秋とは思えぬほどの寒波に見舞われた2日の水曜日、井尻の「会っといてもらいたい人がいる」との願いもあって遠野が早めに顔を出しカウンターに腰を下ろすと「菊花賞に続いて天皇賞まで社台系、それも吉田の二男関係ばかりで①~③着を独占じゃあばかばかしくて…」。横山からもらった相関図が頭に入っているみたいだ。

「でも馬券は取ったんだろ」

「馬連だけね。ほら、勝った馬は札幌記念が〝試し使い〟で②着だったし、もともとの狙いが天皇賞。おまけにムーアなんてのはこの馬のために来たらしいじゃん。騎手のこともそうだけど社台のやり放題だもん。かといって損はしたくないし、やはり馬券を買う以上狙わざるをえないよ」。

社台の馬を買ったのが申し訳ないみたいな口ぶりだ。

「まあな。企業努力といえばそれまでだが、やはりオールドファンにすれば腑に落ちんところはあるな。そもそも俺にすれば秋天が二千㍍というのが気にいらん。同じ三千二百㍍でも京都と東京じゃあ全く違うし、プリティキャストの逃げ切りなんて東京だから面白いんで、あんなパフォーマンスはもう見られないだろうなあ」。

ふっと溜息をつくと鯛のアラを使ったお椀を啜る。昆布の出汁に加え柚子の香りがなんとも言えない味を醸しだしている。

「それに今はスピード優先の配合。今後は同じ二千㍍でもスーパークリークとオグリキャップみたいな個人馬主の、それも決して高くはない馬同士の大激戦なんてお目にかかれないと思うぞ」。

ふんふんと頷いた親爺が熱燗を手に「そういやあ元値は2頭合わせても1000万チョイだとか」。肴の仕入れじゃあるまいし〝元値〟が適当な言葉かどうかは別にして親爺も多少は分かっている。

「スーパークリークなんて前脚が外向していて最初のセリはお台800万で主取り。2回目の時に10万だけイロを付けて落としたという代物。それというのも伊藤のテキ(伊藤修司調教師)が動きと馬体を見て『ええ馬や。脚さえもてば大化けしそうだしワシが預からせてもらいますわ』と自信有り気に引き受けたからなんだ」

遠野は両馬の関係者を見知っており、それだけに思い入れがあり、エピソードには事かかない。キンピラ蓮根のシャキシャキ感とピリ辛を味わいながら「生産者の相馬さんや馬主の木倉さん、木村さんも…」と続けたところに「お待たせして申し訳ありません」と言いながら井尻が入ってきた。後には初めて見る顔が。それも女性で美形でもある。

「おう。じゃあそっち行こうか。挨拶は後」といつもの席を指さした。

例によって遠野が壁際の奥、井尻がその前で隣に女性が並んで座った。井尻が「この子は…」と紹介し掛けたのだが「梶谷雅子と申します。今後ともよろしくお願いします」。背筋を伸ばして頭を下げた。遠野も思わずシャキッとして「これはこれは。遠野です。よろしく」と応えたが、目で井尻に〝どうなってんだ?〟と。

「経理に入った新入社員ですが、実は私とは母方の従兄妹でして。コネじゃないし、この関係は社内の誰も知りません」

「当たり前だ。コネを使ってまで入るような会社じゃないだろ。心配すんな。余分なことは喋りゃあしないよ」

「この間、統括と別部が『完庶処』に行った時のことを報告しましたが、遠野さんが『察するに噂の出所は秘書、それも彩色兼備で社長のお気に入りだな』と仰ったでしょ。まさにドンピシャリで冷や汗もんでした。いえいえ僕も隠す積りはありませんでしたが」

遠野は黙って先を促す。井尻は隣の梶谷を突いた。

「社長秘書の阿部さんは銀行時代の先輩で随分可愛がっていただいて。趣味や食も合ってましたので3年前に辞められた後もお付き合いさせていただいているんです」。井尻と親戚とは思えぬほど凛としていて清涼感もあり女性としての微妙な雰囲気も漂わせている。

これなら井尻が『完庶処』情報に詳しかったのも、『頑鉄』で梶谷をこっそり紹介するのも納得だ。

「なるほど。別部と『完庶処』に行って冷酒を飲んだってのは君のことか。その時、秘書もいたんだろ?挨拶はしなかったの?」

「はい。でも目配せだけで…」。お互いに空気を読んだということだろう。頭のいい子達だが、ふと鬼平の〝女ってのは怖ぇ~なあ〟の言葉が脳裏をよぎった。

「前々から『一度連れて行って』とせがまれていましてね。この際いい機会だからと思った訳です」と井尻が頭をかく。

「じゃあこの店も親爺、俺のことも多少は話してるんだ。分かった。今度会った時が初対面で、普通の新入社員ってことにすればいいんだな」と二人に念を押し「親爺!ちょっと」と呼ぶ。「はいはい」と寄ってきたところでざっと説明すると「ようがす」と胸をたたき「ところで酒は何にするかね」

梶谷は椀に口をつけ、目の前に並べられたかぼちゃの煮物に蓮根のキンピラ、あごだし(ほそ飛魚の干物)を見詰めている。

「美味しそう!。(井尻の)高にい(兄)の言ってた通りだわ」それを耳にした親爺は上機嫌で「じゃあとっておきの『得月』でも出しますか。こんな綺麗なお嬢さんが飲んでくれれば酒も本望でしょ」。

誰の払いになるかは分からないが、いそいそと四合瓶を持ってきた。もちろん梶谷は大喜び、「美味しい美味しい」で盃を重ねた。

「ところでとのさんに相談というか報告になるのか…。築地のゴタゴタのおかげで馴染みの仲卸や仲買人が何軒か廃業するみたいでね。そうなると仕入れも大変で。値段の折り合いもあるし、近いうちにお通しも一品にしょうかなと」

「まあ、価値の分かる客も少なくなったことだし、いいんじゃないの」

「とのさんがそう言ってくれると助かるよ。わしらの立場からすれば〝社台とお上にゃ逆らえぬ〟てな。だ~れも補償してくれないもん」

またしても愚痴が出た。秋の夜長を満喫しているのは、どうやら箸も進んでいる梶谷だけのようだ。


【著者プロフィール:源田威一郎】
大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。

斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。

競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。

源田威一郎

GENDA ICHIRO

大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。

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