心地好い居酒屋

心地好い居酒屋

12/24 (水) 心地好い居酒屋

―-「じゃあ『有馬記念』の週に来られたら来るよ。その時に」――

今月2日に横山から「吉川英治の逸話(愛馬精神)には続きがありそうで……。」と食い下がられ冒頭の「じゃあ」になったのだが、まさか中山3週目の最終Rが終わった直後に親爺から電話が入るとは。

「横ちゃんが『明日お迎えに上がっていいですか?親方さんからも頼んで下さい』と言われてな。ああ、俺の方は席も含めて大丈夫だけど、とのさんの体調さえ良ければ是非。そういえば、おまさちゃんも先週来た時『遠野さんと今年中にもう一度飲めれば嬉しいわ。阿部先輩もお会いしたがっていたし、連絡すれば顔を出すんじゃない』と」

「何っ。おまさちゃんと京子ちゃんが!それを先に言えよ。それを。ま、それはともかく美女二人の事は非常に楽しみではあるが、横山君がそこまで気にしているとはなぁ。俺も不可能な期待はもたせたくなかったし<喜んで>だな」

車中、遠野が「横山君の駐車場まで一緒に行くよ。そっからタクシーで」と申し出たのだが「滅相もない。今日は寒いですから」と。そんなこんなで遠野を4時前に「頑鉄」まで送り届けてくれたのだ。

客は居ないがすべてのテーブルが「予約席」で埋まっている。「頑鉄」も営業は26日まで。今週が今年最後の稼ぎ時なのだから当然だろう。仲居のき~ちゃんもすでに出勤済みで、そそくさと暖かいお絞りと焙じ茶に遠野用にかりんとう運んできた。斜め前に親爺が座る。

「それにしても横山君は好奇心旺盛。ちゃんと下調べもしていて吉川英治が菊池寛の勧めで競馬を始めたこと。持ち馬ケゴンが皐月賞馬でダービーでは1番人気で③着。余談だが勝ったオートキツがその年の有馬記念(当時は中山グランプリ)の優勝馬、つまり第1回の優勝馬だったこと……。尤もそれだけで馬そのものを愛してた根拠にはならんが問題は、この間も話した最後の持ち馬ユメドノ。そのユメドノの母がチエリオでな。もちろん横山君はチエリオの存在も成績も知ってはいたが……」

と言いつつ、内ポケットに手を入れ二つ折りにしたメモを取りだした。

「読んでみな」

講談社発行の「吉川英治全集53巻・書簡 川柳詩歌」の“あとがき”に替えて、次男の吉川美穂氏が<私の吉川英治  一代の名牝>として綴ったものの一節だ。

<戦前、菊池寛氏にさそわれたのが始まりで、競馬を楽しむようになった父が、戦前、戦後を通じて持った馬の中で、一番愛情を持っていた馬が、チエリオという馬だったと思う。クラシックレースにはひとつも、勝てなかったが、二十二戦して、一三勝という成績を残した。

そのチェリオが昭和三十年春、繁殖牝馬として、北海道の牧場は帰る時、   君が駒 我が駒遊ぶ 春野かな    という、自作の句を染め抜いた風呂敷に、 「私はチエリオでございます。西も東もわからない二歳の秋、母のオーマツカゼと別れて都へ出て来た北海道の本桐娘でございましたが、早いもので皆さまの名馬逸駿のなかに立ちまじって、レースをさせていただいてから、もう三春秋になりました。……」

と始まる挨拶状を添えて競馬関係者に配るほどチエリオには、愛情を持っていた。> 「そのチエリオの初仔が“ユメドノ”ってこと。で、ユメドノの新馬戦の前日、予想紙を見て『オイ、“ユメドノは一代の名牝チエリオの子”と書いてあるぞ。一代の名牝だぞ』と。どうやらユメドノのデビューより、チエリオを誉められたことの方が嬉しかったらしい。愛馬の薬殺を機に競馬場通いを辞め、金銭抜きでここまで一頭の馬に愛着を持つ馬主なんて空前はともかく絶後だろ」。

遠野が嘆いたところに「お待たせしました」と横山。続けて「今日は有り難うございました。チエリオとのお別れシーンは映画にしても不思議ないですね。勉強になりました」。

「なぁ~んもだ。こちらこそ迎えに来て貰って……。お世話さま」。遠野が軽く頭を下げると「か、勘弁して下さい」。横山が手を振りながら照れる。

「ところで熱燗でいいだろ」と親爺が確認するや否やき~ちゃんが「お待たせです」と二合徳利2本とお通しを運んできた。定番の蒲鉾にしぐれ煮、加えて黄色いのが。カボチャのサラダのようだ。

「そうかぁ。今日は冬至か。寒い筈だ」と言いながら添えられていたスプーンで掬い、パクリ。「旨い。混ぜた干しブドウが何とも言えぬ味を引き出しているのかなぁ。これはおまさちゃんと京子ちゃんも喜ぶと思うぞ」

「いけねぇ。伝えるのを忘れてた。京子ちゃんも参加するけど少し遅くなるって。おまさちゃんと合流して7時前後だって」

「何だよ。それを早く言え」

「アハッ。昨日の電話みたい」と茶化しハゲ頭をポンポンと。

「親爺も機嫌が良い訳だ。②着ダイヤモンドの坂東牧場も子会社みたいなもんだと思うし昨日もノーザンに加え外人二人に的を絞り3連単までズバリだって!。結構結構。俺の負け分以上を取り返してくれたんだもんな。嫌みでも皮肉でもないからな。どうせ誰か当たるんだから親しい奴が取ってくれれば“それで良し”だ」。

ここはグイグイ行きたいところだが先は長い。酸素の残量が気になるしチョビっと飲んで板わさを口に入れる。

「遠野さんは有馬どうされます」。怖ず怖ずって感じで横山が訊いてくる。

「チョッピリ買うさ。馬場悪化に期待してゴールドシップ産駒の2頭マイネルエンペラーとメイショウタバルを軸にする。横山君を前に能書きを垂れるのは気が引けるがマイネルはマツリダゴッホと同じく日経賞を勝っているのに人気薄。それに地道な努力で勝ち星を積み重ねてきた丹内にもGⅠを取って貰いたいし。メイショウは言わずもがなで“メイショウ”さんの弔い戦。2頭が折り合って“行った行った”なら万々歳。ま、少なくとも直線中ほどまでは楽しめそう。稍重以上悪くなれば2頭軸の3連複総流しの積もり。ノーザン=サンデー=外人で決まれば仕方ない。お二方の任せる。後は国も本気で『外国人対策』をしなくっちゃ。無理だろうな。はぁ~だよ、はぁ~」。

溜息をつくと残っていた酒を一気に飲み干した。客は入って来たが美女二人の到着はまだまだだ。