【独占密着】JRA通算1123勝の名伯楽・国枝栄元調教師――"異例の決断"の裏側とは
JRA通算1123勝
アーモンドアイ、アパパネで、二度の牝馬三冠を成し遂げるなど、輝かしい実績を残した名伯楽・国枝栄師。
2026年3月3日(火)をもって、
定年により調教師の道から退いた。
勝利した際の記念写真(3/1 中山4R)
しかし、
ホースマンとしての歩みは、
決して終わらない――
ホースマン・国枝栄が下した
“異例の決断”に、優馬JAPANが独占密着。
新たな夢の軌跡をここに綴っていく。
馬作りがしたい――
国枝栄"厩務員"誕生に至るまで
調教師を引退後は、残務処理をしたり各所で取材を受けたり、妻と旅行したりしていたが、4月7日(火)から美浦で補充員(※後述)として働くことになった。
これを言った人たちにはもちろんかなりビックリされたが(笑)、やっぱり馬に直接触って、カイバをつけて寝藁をあげたり、引き運動して洗い場で洗ったりと、「馬作り」って楽しいと思うんだよな。
調教師だと、指示はできても直接馬に触れてやれるワケではなかったし、どうしてもほかの人の手を介するので、厩務員としての仕事もやってみたかったのが一番にあるんだ。
昨秋より騎乗運動を始めていた国枝師
こう考えていたことは、昨年夏から秋の段階で妻には話していて、了解は得ていた。厩舎の従業員だった息子2人には直接そのとき言わなかったけど、妻からすぐに伝わったみたいだ(笑)
家族以外の者にはほとんど話していなかったし、厩舎スタッフや馬主関係、牧場関係の人にも言っていなかったから、知った人はきっと驚くだろうなぁ(笑)
クルーズ船での旅行を堪能した国枝師
そもそも、肩書は「助手」として美浦トレセンに入ったので、厩務員のように担当馬を決めて世話をした経験は数少なかった。
昔、所属厩舎でとある厩務員が怪我をして休んでいて、当時滞在競馬をしていた新潟競馬場に馬を連れて1か月ほど手掛けたことが一度。
あとは、アパパネの母であるソルティビッドとその帯同馬であるホッカイゲントクを、当時恐らく初だった「栗東留学」させたとき、自分もついていき世話をしたこともあった。
厩務員らしい仕事ぶりといえばこれくらいだったから、調教師を引退後はそれが出来れば…と、昨年の夏くらいには考えていたんだな。
補充員としての働き先と
今後に見据えるもの
それから、具体的にどうしようか身の振り方を模索していたんだけど、昨年の秋頃に「補充員(ヘルパー)の形で厩務員の仕事は出来ないだろうか」と思い各所で動いてみたんだ。
補充員とは、定年後の助手や厩務員が、怪我や病気で休養を余儀なくされ人手が足りなくなった厩舎に「派遣」される臨時の従業員のことだが、調教師会や美浦の厩舎従業員らが作る労働組合に聞いてみると「今は補充員も足りていない状況なので、やっても大丈夫」との回答を得た。
それならば…と自分が手を挙げたワケだ。
今後は国枝師自らの手で一頭一頭を手掛ける。
調教師を引退してから助手になろうとしていたのは、09年2月に引退した岩城博俊元師だったが、当時は人員に空きがないとなれないと言われてダメだったようだ。
また、01年2月に引退した内藤繁春元師は引退後に騎手になろうと試験を受けたが、不合格だったことがあった。
引退後、補充員として「出戻り」のような形でトレセンに行くのは、異例中の異例だろうな(笑)。
休日に趣味のゴルフを嗜む国枝師
補充員として働くとなり、あとは受け入れ先の調教師のほうだけど、これは小島茂之師が快く引き受けてくれた。
調教師会のほうに、人員に空きのある厩舎を聞いていていくつか候補はいたんだが、普段から話していて馴染みの深かった小島茂之師が「いいですよ!」と。
こちらはもちろん年上だし、向こうからしたらやりづらい面もあるとは思うんだが、その辺りすごくフレキシブルな考え方なんだろうね。
思えば、俺が「栗東留学」で好結果を出したとき、すぐにそれを取り入れたのも小島茂之師だったし、こちらの意図も汲んだ上で受け入れてくれたんだよ。
通算23勝分のGⅠ馬のパネルが飾られていた。
やると決めた昨年の秋から、普段の運動で馬に跨ったり、軽目の調教(15-15)に乗ったりして体力をつけたりしていたよ。
あとは脳ドッグを受診したり健康診断を受けたりして、身体的に問題のないことを確認した。やはり、健康じゃないと出来ない仕事だからね。
それと、やるからには結果も出したいと思っているし、周りから評価されないとダメだね。ただ作業をこなしているだけでは意味がないし、もちろんヤル気は十分ある。
1つでも担当馬が勝ったらやはり嬉しいと思うし、万が一にでもダービーを勝ったら面白いだろ(笑)調教師では勝てなかったのに、補充員になって勝ったって、話題性も十分でしょう(笑)
余韻に浸る間もなく師の挑戦が始まる。
この記事を見て、旧知の馬主さん、例えば金子(真人)さんとかが「この馬をやってくれ」とか言ってくれる可能性もあるけど、そのために「実績」や「信頼」を作らないといけないと思うし、やはり結果にはこだわっていきたいよね。
夢の続きを綴る調教日誌
まず始めたいのは、担当馬がついたらその馬についての「日記」を書こうと思っている。馬に携わっていると、細かい所が気になって調教を加減したり、追い切り日をズラしたり、馬を良くするために色々と対策をするだろう。
やっていって馬の表情が変わってきたとか、まだ緊張状態にあるなとか、トモや肉付きが良くなってきたとか、そういう変化していくところを書き記したいんだ。それがどういう結果になるか何度も見返せるし、やりがいにも繋がっていくと思うんだよね。
調教師時代に、管理馬1頭1頭のノートを作って「調教日誌」を書いていたけど、馬主やマスコミに話す際に役に立っていたし、それを担当馬にやるって話だから、苦もないしね。
新たな名馬との出会いが待ち遠しい。
そして、もし俺の作った道が、今後のJRAにおいて一つのキッカケになればと思っているんだ。
例えば、調教師として開業してもあまり巧くいかず経営面で立ち行かなくなったとしても、助手や厩務員として戻ってもいいと思う。調教に乗る技術や厩務員としての腕が確かならば、そっちで活かせるほうが良いと思うんだ。
内厩制で、ガチガチに固まった現在のJRAのシステムに、ちょっとでも選択肢があったほうがいいのは間違いない。そういう意味でも、補充員として好結果を出したいと思っている。
健康上に問題なく続けられて、何のトラブルもなければ少なくとも1年はやるつもりだよ。場合によってはもっと続けるかもしれないが、まずはやってみてだね。非常に楽しみにしているよ。
エントランス。再び0から挑戦が始まった。
※次回は4月10日(金)更新を予定しています。
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